COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg12 山田勇樹(1)
順風満帆
2014年12月14日、千葉市美浜区。この日、幕張メッセで開催されたPERFECT受賞式2014の会場に、山田勇樹はいた。言わずと知れた、12、13年シーズンを連覇した元王者である。
ビンテージ加工のグレーの三つ揃えを身に纏い、襟元には茶色地にホワイトドットのアスコットタイがのぞく。アクセントの小物は偏光グラスの丸眼鏡。ファッションモデルさながらの着こなしが山田流だ。
4位の表彰式で涙
昨年までの表彰式の主役の座を知野真澄に譲った山田は、セレモニーの中盤に金屏風の前に立った。眼鏡をはずした素顔に、緊張が読み取れる。
「今年は4位という悔しい結果になりましたけれど、病気をしまして…」
口を開いて間もなく、声を詰まらせた。目は潤んでいる。
「一時期はダーツの事なんて頭から離れるくらい(苦しかった時期も)ありましたけれど、スポンサーの皆さん、ファンの皆さん、プレイヤーの皆さんからたくさんの言葉やメッセージをもらいまして、また、ダーツを投げることができ、プロの試合に出られるようになって、この授賞式に出られるという、本当に、言葉では言い表せないほど感謝しております…」。
何度も声を詰まらせて、挨拶を終えた。
年間王者3連覇を逃し悔しいはずの、そして、現に自身が「悔しい結果」と言った年間4位の表彰の舞台で、山田は感涙し感謝の言葉を口にした。
14年シーズンの山田に、いったい何が起こっていたのか?
PERFECT開幕戦で準優勝
経緯の詳細は後述することになるが、山田のプロデビューは2007年の2月18日だった。1983年生まれの山田はこのとき23歳。この日、日本初のプロソフトダーツトーナメントPERFECTが晴れやかに開幕した。山田はPERFECTの開幕と同時にプロデビューし、今年2月に開幕した15年シーズンまで9シーズンを戦い続けている、数少ない草分けの一人である。
プロソフトダーツの黎明期とは言え、星野光正をはじめとし、すでに全国に名の知れた強豪が多数集った歴史的な開幕戦で、全くの無名だった山田はいきなり決勝に駒を進め、関係者を驚かせた。決勝では、のちに「皇帝」と呼ばれることになる星野に完敗したが、福岡から参戦した青年の名は一躍、ダーツ界に知られることになる。
PERFECTの初年は、11戦中7戦で優勝した星野が、圧倒的な力で初代年間王者に輝いた。総合ポイントは397(優勝ポイントなどは現在とは異なる)。そして山田は、ポイント差200点以上ながら、準優勝2回、3位タイ1回の成績で、総合2位の座に坐った。
2年目の08年シーズンも、12戦中7勝の星野が連覇した。皇帝の陰に隠れ、注目されることは少なかったが、山田も成長を見せた。第6戦で初優勝。準々決勝では初めて星野を倒した。第9戦でも準決勝で再び星野を倒し優勝。この年2勝をあげ、年間総合2位の座を守った。星野との差は縮め、初年度は僅か4ポイント差だった3位との差は100ポイント近くに広げた。
初の年間王座に
3年目の09年シーズンは、名声も実力も星野と肩を並べる存在だった江口祐司がPERFECTに参戦。星野独走の前年までとは景色が変わり、星野、江口の両雄に山田を加えた3人がデッドヒートを繰り広げる大混戦となる。
開幕戦で準優勝した山田は、第2戦で優勝すると、第5戦では、第3、4戦を連勝した江口を決勝で破り2勝目をあげた。年間総合王者争いは最終盤まで縺れたが、第2戦でトップの座に立った山田が、12戦と最終戦を連勝した江口の猛追を僅差でかわし、初の年間総合王者の称号を射止めた。年間獲得ポイントは、山田が488、江口は481、星野は408だった。
当時を振り返って山田は言う。「江口さんはすごく有名でしたが、自分はまだまだ九州でしか知られていない選手でした。でも、ここで勝つことによって、僕の方が上なのだということを示せれば、もっと有名になれる、負けたくない、って言う気持ちが強く、年間を通してモチベーションが上がり、集中力が持続できたと思います」
「3強」の地位
さらに、PERFECTの歴史と山田がそこに刻んだ軌跡を追う。
2010年シーズンも三つ巴の戦いは続く。この年は全13戦。最終盤で2連勝した星野が江口、山田を逆転し王座に返り咲いている。星野は年間3勝。総合2位の江口は1勝。山田は年間3勝をあげながら、終盤に崩れ3位に終わった。が、年間総合ポイントは星野452、江口449、山田427。この年PERFECTにデビューした4位の小野恵太は、3位の山田に100ポイント以上の差の309ポイントで、山田は星野、江口と肩を並べる「3強」の地位を盤石とした。
3月に東日本大震災にみまわれた翌11年シーズンは年間12戦中3勝をあげた星野が再び連覇。山田は開幕戦に優勝した後、表彰台の真ん中に立つことはできなかったものの3度目の2位。江口は3位タイ。そして迎えた12年シーズンに、山田の時代が幕を開ける。
山田の時代
この年、PERFECTは大きな変革を遂げる。試合数は年間17戦と大幅に増え、大会にグレイド制が導入され、G1大会の優勝ポイントは90、G2大会は75、G3は60に変更された。江口は戦いの舞台から去り、星野は怪我もあり不調。その間隙をついて台頭した山本信博、浅田斉吾が、山田との三つ巴で激しい王者争いを繰り広げた。
優勝は山本5回、浅田4回、山田は3回。年間総合レース序盤は、開幕2連勝の浅田が圧倒的にリードし、山田は山本と2位争いを演じた。が、山田は13、14戦で連勝し総合トップに立つと、そのままリードを死守し、2度目の年間総合優勝を果たす。総合ポイントは山田798、山本785、浅田783の僅差だった。この頃から4位につけた小野を加えた4人が、4強とも四天王とも言われるようになる。
2グレード制となった13年シーズンは山田の圧勝。年間20戦中7勝し、総合ポイントは956。最終戦を待たずに総合2連覇を決め、3勝で751ポイントの浅田、2勝で655ポイントの小野、2勝で648ポイントの山本に大きく水をあけた。4強から頭一つ抜け出し、絶対王者とさえ、呼ばれるようになった。
PERFECT開幕と同時にプロデビューし、初年度から連続年間2位、3年目は皇帝星野と江口との三つ巴を制し初の年間王座のタイトルを獲得し、12、13年シーズンを連覇。デビューから13年シーズン終了までの山田の軌跡は、順風満帆の一語につきた。
激震
そして14年。浅田の破壊力、精密機械の山本、小野の爆発力、そして、D-CROWN消滅により2012年シーズン途中でPERFECTに移籍し、「D-CROWNの貴公子」と言われながら、結果を出せずにいた知野の復活に期待しながらも、開幕前に山田の3連覇を疑う関係者は多くはなかった。
開幕戦ベスト8でシーズンをスタートした山田は、第2戦でシーズン1勝目をあげ、早くも年間総合レースの首位に立つ。
その直後のことだった。山田の第3戦欠場が伝えられた。PERFECTが激震に揺れる。病気とだけ理由が発表された。山田の年内復帰は難しい、との憶測も流れた。
山田に何が起こっているのか…。病名は頑なに伏せられたままだった。
(つづく)
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- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。