COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg13 今野明穂(5)
プロの自覚
昨年5月、今野明穂は第2の故郷、沖縄に別れを告げ、関東に帰った。
「(沖縄に来た)二十歳のとき、お父さんの定年までには、戻ろうと決めていました」
と、今野は意外を言う。
「仕事も恋も、一から始めるなら、どこか遠くの知らない街で」と思って、沖縄に飛んだ今野だったが、実は、そのとき、帰る時期は決めていた。
行き当たりばったりの風来坊のように見えて、家族や友人をとても大切にする。無茶なことをしているようで、実は、なすことに一本筋が通っている。やはり、この女(ひと)、男前なのである。
そして、もう一つ。帰還と同時に、大きな環境の変化を今野は選択する。大手ダーツ用具メーカー「L-style」との専属契約がそれだ。言わずと知れた、PERFECTのスポンサー企業である。
意外なことに、沖縄時代の今野には、企業スポンサーはついていなかった。遠征などの活動を支えていたのは、沖縄の個人スポンサーの人たちだ。その今野が大手用具メーカーと専属契約を結んだ。責任感が旺盛なのも、男前の真骨頂である。沖縄のお店を繁盛させるために、本気になった今野が、今度は「L-style」の看板を背負った。もちろん、プレイヤーとしての今野の立ち方が変わった。
横綱相撲
2013年第10戦沖縄大会の決勝で、大城明香利に敗れたのを潮目に、それまでスランプを知らなかった今野が、長いトンネルに苦しんだ。その間、今野に何が起こっていたのか。
最初はリズムだった。怖いもの知らずだった頃の今野は、対戦相手には目もくれず、テンポよくダーツを投げていた。ところが、ベスト4の常連となり、女王レースのトップに踊り出た頃から、それが変わり始めた。意識していた訳ではない。いつの間にか、横綱相撲のように、相手のリズムに合わせて投げるようになっていた。テンポの遅い選手と対戦すると、自分も遅くなる。ゆっくり投げると、ダーツが思い通りには飛ばず、ターゲットを外れる。気付いた時には遅かった。調子が良かった頃の自分のリズムは忘れていた。取り戻そうとしても、そのリズムが分からなくなっていた。
言い訳
勝てない日々の中で、次にはバレルが気になり始めた。当時使っていたのは、沖縄に来た頃にもらったバレルで、カットが浅い、つるつるのタイプだ。そのバレルを貰ってすぐに、レーティングがジャンプアップし、「バレルが変わるだけで、こんなに違うものなのか」と驚いた。以来、8年間使い続けてきたバレルだ。問題がある訳はない。が、カットが浅いのが気になって仕方がない。
今思えば、どれも言い訳だった。勝てなくなって、その理由が欲しくて、無理やりそれを探していた。不調の本当の理由は、精神的な問題だった。自信満々で臨んだ2013年シーズンの序盤に、快進撃を続けた。開幕当初の「ちょろいかも」は、いつしか「女王になれる」の確信に近いものになっていた。が、沖縄で苦杯を喫した大城の猛追を受けて、今野の心は乱れていく。「このままじゃ、女王になれないかもしれない」。焦りから調子を崩し、勝てない言い訳を探す。アリ地獄のような負のスパイラルに陥り、抜け出すことができなくなっていた。
看板
沖縄を拠点にしていた2014年シーズンの初め、今野はバレルを失くした。店のテーブルに置いていたら、一本だけなくなっていた。L-styleで新しいバレルを作ってもらった。それをきっかけに、ダーツが良くなることはなかったが、言い訳が一つ減り、今野は、自分自身の心の問題に、向かい合わなければならなくなった。
5月、そのL-styleと専属契約を結び、東京に拠点を移した。不調は続いていたが、今野にプロとしての自覚が芽生えた。13年のシーズン序盤、快進撃を続けていた頃の今野には、仕事としてダーツを続けていく覚悟はなかった。その天才に惚れ込んだ個人スポンサーらに背中を押されて、漫然とPERFECTに参戦していただけだった。「女王を獲って、すぱっとやめたら格好いい」とさえ思っていた。自由気ままに生きてきた今野にとって、決して悪い意味ではなく、ダーツはそれほど重いものではなかった。
しかし、13年に悔しい思いをしたことと、専属契約を結んだことで、今野は変わった。会社の看板を背負った以上、不細工な試合はできない。試合以外の場面でも、プロとしての立ち振る舞いが求められる。結果を出して目立つことが、ダーツを仕事にさせてくれた会社への恩返しになる。何より、あんな悔しい思いをしたままでは、やめられない――。
2014年シーズン序盤。結果は出ていなかったが、今野はプロのプレイヤーとして、精神的に大きな成長を遂げていた。復活の準備は整っていた。必要なのは、きっかけだけだった。
(つづく)
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○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。