COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg14 知野真澄(1)
3冠王者誕生
1年をかけて全国約20都市を転戦する、ソフトダーツ・プロ・トーナメントPERFECTは、毎年12月の最終戦の翌日に、年間表彰式を開催している。表彰式に招待された選手たちがドレスやスーツを身に纏い、思い思いの装いで会場を彩る、文字通りの晴れ舞台だ。男女合わせて千人を超えるプロ資格を持つ選手たちは、その日に招待を受け、着飾った姿で表彰を受けることを夢見て、ツアーを戦っていると言っても過言ではない。
タキシードの貴公子
2014年シーズンの表彰式は12月14日、東京ベイ幕張ホールで開催された。この日の主役は知野真澄。ときに「精密機械」とも評される正確無比なダーツと、ポーカーフェイスに隠れた強心臓で、14年シーズンの年間王者を手にした。
表彰式の冒頭、フェリックス社長の福永正和が「日本で一番」と持ち上げた新王者の人気は絶大だ。浅田斉吾、山本信博、山田勇樹ら「猛者」と言えばぴったりの風貌の実力者が多いPERFECT男子の中で、長身のスラリとした体躯と甘いマスクの容貌は際立つ。愛称は「みんなの貴公子」と「みんなの知野君」。人気者の知野君は、独り占めできないのである。
生まれて初めて袖を通したという黒のタキシードで身を包んだ知野は、この日、4度の表彰を受けた。エリアランキング、最優秀PPD(01の1ダーツ平均点ランキング)、最優秀MPR(クリケットの1ラウンド平均マーク数ランキング)、そしてMVPの年間総合王者の4つである。年間王者は当然エリアランキングでも首位になるため、実質的には3冠。PERFECT事務局がスタッツランキングの公表を始めた2012年以来、3冠を達成したのは知野が初めて。史上初の3冠王者の誕生に、PERFECTは湧いた。
年間王者表彰の後のスピーチで知野は語った。「ダーツ歴10年の節目に、チャンピオンになることができました。これに驕ることなく、来年も『みんなの知野君』であれるように、日々努力していきたいと思います」
27歳にして「ダーツ歴10年」。「驕らない」「みんなの知野君」「日々努力」――。淡々とはしていたが、知野を語る上で欠かせないキーワードが出揃ったスピーチだった。
「年間王者だけを目指す」
新王者になった「知野君」の半生を辿る連載の第1回は、知野が初めて年間総合王者となった2014年シーズンを振り返るところから始めたい。開幕戦はベスト4で好スタートを切ったが、第2戦北九州はベスト8、第3戦神戸は1回戦敗退、第4戦はベスト8。「年間王者だけを目指して」挑んだシーズンだったが、序盤は「ぐずぐず」して、周囲を心配させた。が、知野に焦りはなかった。
「14年シーズンは開幕からずっと好調だったので、結果が出てなくても、不安はありませんでした。いつでも決勝を戦える。チャンスがきたらやってやろう、という気持ちで、いつか必ず勝てる、と思っていました」
事実、結果はぐずぐずしているように見えても、内容はよかった。開幕4戦中3戦は、いずれもその日好調で決勝まで進んだ選手に敗退していた。その対戦相手は、浅田斉吾、山田勇樹、そして第4戦で優勝した大城雄太。知野の言葉通り、いつでも決勝を戦える準備はできていた。
第5戦、第6戦で連続ベスト4のあと、第8戦(第7戦は中止)の名古屋で、「ビッグ4」の一角、山本信博を決勝で破ってシーズン初、自身2度目の優勝を飾ると、そこからはエンジン全開。後半戦のPERFECT2014は、「みんなの知野君」のワンマンショーと化すことになる。
独走
第9戦広島は、決勝で、すでにシーズン2勝をあげていた大城雄太を退け初の連勝。ツアーの前半戦を終え、優勝2回、3位タイ3回と2回のベスト8という安定した戦いぶりで、年間総合ポイントのトップに躍り出た。
第10戦は、「勝つのが一番難しい」と言う横浜大会。東京が地元の知野を応援するファンが大勢駆けつけるため、試合合間は応対に追われ、「集中を維持するのが難しい」。が、その横浜で知野は準優勝してトップを堅守する。優勝したのは、がんの手術・PERFECT欠場から生還したばかりの山田勇樹だった。
第11戦の新潟は、ベスト16で優勝した谷内太郎に、第12戦岡山では準決勝で山田勇樹に苦杯を嘗めたが、トップは譲らない。そして、続く第13戦の札幌から、知野はPERFECTの歴史に新たな伝説を作ることになる。
札幌の決勝で西哲平を退けシーズン3勝目をあげた知野は、第14戦静岡の決勝では、学生時代からのライバル小野恵太に1レグも与えず完勝して2連勝。さらに、第15戦、「勝つのが難しい」横浜決勝では、「高校時代からいろいろ教えていただいた」大先輩のK-PONこと佐藤敬治を倒して連勝記録タイの3連勝を果たす。年間総合ポイントは、この時点で747。577ポイントで2位の浅田に170ポイントの大差をつけた。
金字塔
迎えた第16戦熊本大会。優勝すれば、念願の年間王者が決定するだけでなく、前人未到の大会4連勝の金字塔を打ち立てることにもなる。
決勝トーナメントを順調に勝ち進んだ知野は、ベスト16で小野を撃破。準々決勝では、山田勇樹を倒して勝ち上ってきた樋口雄也を退け、準決勝は柚木洋一を問題としなかった。
逆山を勝ち上げって来たのは、年間総合ポイント2位の浅田。トーナメント序盤で若手の成長株、大城真也と馬上亮一の挑戦を跳ね返し、準決勝では盟友の山本信博を退け、好調を維持していた。
年間総合優勝を争う両雄だったが、14年季の直接対決は、終盤に至って僅か2回。開幕戦と第5戦にいずれも準決勝で顔を合わせ、浅田の2勝。知野は勝っていない。決勝は、逆転総合優勝に僅かな望みを繋ぐ浅田にとっても、浅田を倒し「文句なし」の年間王者の称号と4連勝の偉業を手に入れたい知野にとっても、絶対に負けられない一戦となった。
大相撲
決勝は知野の先攻で戦いの火蓋を切る。第1セット、ファーストレグの501を12ダーツでキープして勢いを得た知野は、第2レグのクリケットをブレイクし、1セットアップ。が、浅田も一歩も引かず、戦いはヒートアップする。第2セット第1レグ501を浅田が12ダーツでキープすると、その後は、両者譲らぬキープ合戦。第2セットは先攻の浅田が堅守し、ゲームはフルセットマッチとなった。
第3セットも両雄譲らず、レグカウント1-1で最終レグになだれ込んむ。コークを勝ったのは浅田。知野は迷いなく、クリケットを選択。そして、その時が近づいた。
2014 PERFECT【第16戦 熊本】
決勝戦 第3セット 第3レグ「クリケット」
浅田 斉吾(先攻) | 知野 真澄(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
20 | T20 | 20 | 40 | 1R | 19 | T19 | T20 | 19 |
18 | T18 | 19 | 58 | 2R | T19 | 18 | T19 | 133 |
T18 | 18 | T18 | 184 | 3R | 19 | 19 | T19 | 228 |
T18 | T19 | × | 238 | 4R | 17 | 17 | T17 | 262 |
T18 | T17 | 18 | 310 | 5R | 16 | T16 | 16 | 294 |
16 | 16 | 16 | 310 | 6R | T15 | T15 | × | 339 |
18 | 18 | 15 | 346 | 7R | T18 | 15 | T15 | 399 |
OBL | IBL | OBL | 371 | 8R | IBL | IBL | – | 424 WIN |
序盤から知野は攻めのクリケットで勝負に出る。先攻の浅田の第1Rは5マークで40ポイント。知野はS19、T19で19ポイントを得ると、ポイントビハインドながら、3投目はカット。トリプルで浅田陣の20をクローズした。浅田に「20は打たれたくない」という判断もあった。
第2、第3Rは、浅田が5マークと7マーク、知野は7マークと5マーク。ミスの許されない、緊迫した展開が続く。
第4R。浅田は1投目のT18でポイントオーバーすると、2投目に知野陣の19をカット。3投目は、知野が第1Rにポイントビハインドの場面でカットにいったのとは対照的に、ポイントリードの場面でプッシュの慎重なダーツを選択する。が、ミスショットとなった。つけ入りたい知野だったが、「(勝ちを)意識してしまった」知野は、17の5マーク。ポイントはオーバーしたが、戦況は動かなかった。
第5R。浅田は1投目に再びトリプルで18をプッシュし、ポイントオーバーすると、2投目に知野の17をトリプルでカット、3投目は再びプッシュに行ってシングル。7マークを打ったが突き放すには至らない。しかし、知野は5マークでポイントオーバーできない。ゲームは終盤に入り、先攻有利の浅田がじわじわと知野にプレッシャーを与える展開が続いた。
が、第6Rで浅田が突如、崩れる。ポイントリードの浅田は、1投目のカットで勝負を決めに行く。が、トリプルゾーンの内側に入り、シングル。2投目はダブルをターゲットに選択したが、これも1ビット内側のシングル。浅田は16のカットに3投を費やし、知野にチャンスが巡って来た。
知野は1投目にトリプルで15を獲得。2投目もトリプルで加点しポイントオーバー。3投目に浅田の18をカットすれば、戦況逆転のチャンスだったが、決めきれない。ダブルゾーンではなく、トリプルを狙った3投目は僅かに左内側で、ミスショットとなった。
知野の投擲をじっと見つめていた浅田は、知野が3投目にミスした瞬間、ボードに背を向け、一呼吸入れてスローラインに向かった。そして、大詰めの第7R。浅田の1投目はシングルとなり、ポイントを逆転できない。2投目もシングルとなったが、ここでポイントオーバー。3投目に知野陣15をカットできれば、優勝トロフィーに手がかかる。が、痛恨のシングル。後攻めの知野に再びチャンスを与えた。
年間王者を目前にしても「平常心」でスローラインに立った知野は、1投目にポイントビハインドの場面で再びカット。ダーツをT18に捩じ込んだ。そして2投目のS15でポイントオーバー。勝利を確信した知野は3本目をT15で加点し、勝負を決した。
年間王者を決定するラストダーツをブルに突き刺し、浅田との大相撲を制した直後、知野は右の拳を握りしめるガッツポーズ。浅田に歩みよって握手を交わしてから、ボードのダーツを抜き、振り返って観客席に向かい右手を挙げる。そして、目をかっと見開き頬を膨らまし、大きく息を吐いた。普段はゲーム中も、終わった後も、ほとんど感情を外に現さない知野の興奮が見て取れた瞬間だった。
貴公子の苦悩
知野は、2012年半ばに消滅したD-CROWNの最後の年間王者だった。「D-CROWNの貴公子」と呼ばれ、鳴り物入りで、PERFECTに移籍した。が、シーズン途中に参戦した12年は1勝も出来ずにシーズンを終える。自分も期待し、周りからも期待された翌13年も、僅かに1勝。年間総合7位で終わり、知野を「貴公子」と呼ぶ者はいなくなった。
そして迎えた2014年。シーズン後半に爆発して、王者への階段を一気に駆け上がった。ジャンプアップのきっかけはどこにあったのか?知野に訊くと、意外な答えが返って来た。
「あのときとか、あの試合というのはありません。強いて言えば、2013年の1年間、というか、PERFECTに来てからの1年半が、きっかけだったと思います」
ジャンプアップのきっかけは、勝てなかった1年半だと、知野は言う。それは、若くしてトップ選手に上り詰めた「貴公子」が、初めて味わった苦悩の時間だった。
つづく
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- 大城明香利(1)決勝に進むのが怖くなった
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- 谷内太郎(2)「レストランバーの店長になっていた」
- 谷内太郎(1)「長かった」
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- 樋口雄也(4)「ダーツは自分の一部です」
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- 樋口雄也(2)理論家の真骨頂
- 樋口雄也(1)悲願の初優勝
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- 浅田斉吾(6)家族――妻と子
- 浅田斉吾(5)兄と弟
- 浅田斉吾(4)両刃の剣
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- 浅田斉吾(2)「最速は、僕です」
- 浅田斉吾(1)「今季の目標は圧勝です」
- 【Leg5】今瀧舞 - 熱く、激しく、狂おしく ~ダーツに恋した女
- 今瀧舞(6)「現役を引退しても、ずっとダーツと関わっていたいと思います」
- 今瀧舞(5)「ダーツがやりたくて、離婚してもらいました」
- 今瀧舞(4)涙の訳
- 今瀧舞(3)「神様は超えられる試練しか与えない」
- 今瀧舞(2)「観客席の空気を変えるダーツがしたい」
- 今瀧舞(1)「ダーツを始めてから、テレビはほとんど見ていません」
- 【Leg4】前嶋志郎 - ダーツバカ一代
- 前嶋志郎(3)「ダーツ3本持ったら、そんなこと関係ないやないか」
- 前嶋志郎(2)「ナックルさんと出会って、人のために何かがしたい、と思うようになりました」
- 前嶋志郎(1)「ダーツ界の溶接工」
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- 山本信博(3)「ぼくだけだと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」
- 山本信博(2)「余計なことをあれこれ考えているときが、調子がいいんです」
- 山本信博(1)「プレッシャーはない。不振の原因は練習不足」
- 【Leg1】小野恵太 - 皇帝の背中を追う天才。
- 小野恵太(4)「星野さんを超えた? まったく、足元にも及びません」
- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。