COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg5 今瀧舞(6)
「現役を引退しても、ずっとダーツと関わっていたいと思います」
2011年の冬、今瀧舞はPERFECT 2011年ツアーの最終戦愛知大会にプロとして初参戦した。プロテストに合格したのはその直前だった。離婚から1年半が過ぎていた。長い時間を要したのは、食べていくのに精一杯だったから。早く資格試験を受けたくても、移動費や受験料を工面できなかった。
翌12年シーズン。出来る限り多くの大会に参戦したいという気持ちは強かったが、遠征費がままならない。東海近隣の試合を中心に、参戦できたのは5大会のみ。ランキングは58位。1度だけベスト8に駒を進めた。
「安定感はないが今瀧のダーツは飛ぶ。男子並みに飛ぶ」。見ている人は見てくれていた。年末に夢のような話が舞い込んできた。
プロダーツプレイヤー今瀧舞
2012年12月、PERFECTの最大勢力、TRiNiDADから選手契約のオファーを受けた。提示されたのはテスターではなくプレイヤーとしての契約。さらに、スポンサードを受けるだけでなく、平日は系列のダーツショップTiTOで社員として働き、PERFECTのツアーには業務として全戦参戦するという条件だった。
給料は高いとは言えないが、遠征費や参加費、用具代などツアーに参加するための費用は支給される。ツアーで結果を出せば歩合給も加算される。
爪に火を灯すような生活をしてツアーの参戦費用をやり繰りしていた身にとっては、頬を抓ってみたくなるような話で、断る理由はない。2013年シーズン、今瀧は開幕戦から、女王・松本恵と同じ白地に赤のユニフォームを纏って、PERFECTの戦場に立つことになる。自らに課したノルマは最低でも年間トップテン。全戦参加できれば達成できる自信はあった。
「悔しくて泣いた」
8月、第14戦札幌大会で今瀧は2度目の決勝に臨んだ。3レグ連続のブレイク合戦となった大勝負は、第4レグで劇的な幕切れを迎える。
第14戦 札幌大会 決勝 第4レグ「701」
小林 知紗(先攻) | 今瀧 舞(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
B | B | B | 551 | 1R | B | B | S13 | 588 |
B | B | B | 401 | 2R | S13 | B | B | 475 |
B | B | B | 251 | 3R | S5 | B | T5 | 405 |
B | B | B | 101 | 4R | B | B | B | 255 |
B | S17 | S17 | 17 | 5R | B | S14 | B | 141 |
T1 | D7 | – | WIN | 6R | – | – | – | – |
優勝に望みを繋ぐにはブレイクしかない今瀧だったが、ゲームはワンサイドに。
先攻の小林は4R連続でハットトリック。今瀧は第1、2Rをブル2本で追いすがり、第4Rでハットを打ち返す意地を見せたが、試合の関心は勝負よりPERFECT女子初のブルパーフェクトでの優勝決定に移った。
第5R。小林の1投目はブル。2投目はT17チャレンジに失敗しS17。To go 34で3投目を放つも、無情にもチップはシングルゾーンに吸い込まれた。
決勝の大舞台に臨む前、今瀧は「今度は泣かない」と決めていた。勝っても、負けても、泣かない。決勝後に号泣した仙台とは違う自分でいようと思った。
第5レグ。4R連続でハットトリックを打った小林に大勢を決められた今瀧は、「どうせなら、ブルパーフェクト決めてほしい」とさえ思った。勝負を途中で諦めたわけではない。が、さばさばとした心境だった。
試合前に決めていた通り、試合後の今瀧の瞳に涙はなかった。表彰式でも終始笑顔で勝者を讃え、自身2度目の準優勝も喜んだ。
実は、しかし、札幌でも今瀧は号泣していた。泣いたのは、会場から宿泊先に帰るタクシーの中だ。が、その涙は仙台の涙とは違っていた。札幌で流したのは、正真正銘の悔し涙。噛みつけたかもしれないけど、止めは刺せなかった。強い相手を倒したかった。チャンスはあったのに、それを逃したのが悔しかった。初のベスト4や決勝進出だけで満足し、安堵の涙を流した仙台の今瀧は、もういなかった。
決意
2013年11月、今瀧はさいたま市大宮に転居する。自ら関東圏への異動を申し出ての転勤だった。
その理由を「自分に気合を入れたかったって言うか、一からやり直したいっていう決意からです」と説明した。札幌大会に髪を切って臨んだのも同じ理由。異動の希望は同じ時期に会社に伝えてあった。
お金がなくて5戦にしか参戦できなかった2012年のことを考えると、仕事として全戦に参戦できるのは夢のような環境。なのに、自分はそれに甘えている。自分は全然、頑張れていない。もっと頑張れるはずだ――。戦いを続けるにつれその思いが強くなっていった。
名古屋で暮らして9年。応援してくれたり切磋琢磨したりできる友達も仲間も沢山出来た。それにも自分は甘えている。一人になって、自分が何処までやれるのか。髪の毛を切ったのも、関東に飛び出してきたのも、さらなる高みを目指すために、自らを追い込むための決断だった。
ダーツをやめる人を減らしたい
今瀧の「プロ意識」について訊ねた。すると、想像とは違った視点からの答えが返ってきた。今瀧は、彼女が考えるプロプレイヤーの役割について、熱く語った。
「自分が、プロとして何が出来るか、何をしたいのか、考えたときに、私はダーツをやめる人を少しでも減らしたい。そのための役に立ちたいと思うんです」
ダーツとの出会いは、今瀧の人生を変えた。文字通り変えた。ダーツのない人生は、今ではもう考えられない。
ダーツを3本持ってさえいれば、いろんな人と知り合える。大城と今瀧のように、心を通わすことだって出来る。今まで知らなかった自分とさえ、出会うことが出来る。
けれど、裏を返せば、それはダーツを手放した途端に失われてしまうものでもある。自分は3本持ち続けていても、誰かがダーツをやめれば、その人との関わりは失われてしまう。そんな別れは悲しい、と思う。だから、ダーツを止める人を少しでも減らしたい。
「右手もそうですが、首にも腰にも、足にも持病を抱えているので、いつまでトップで選手を続けられるか分かりません。でも、現役をやめても、ずっとダーツと関わっていたいんです。それがどういう形でできるのか、分かりませんけど、私、ずっとダーツと一緒にいたいんです」
今瀧はダーツに人生を捧げている。ダーツのために多くのものを得てきた一方で、多くのものを捨て、犠牲にしてきた。ダーツのためなら、自らの人生が大きく変化し、傷つくことも厭わない。その生き方を貫いてきた。
今瀧は熱く、激しく、狂おしいほどの情熱で、ダーツに恋をしている。
(おわり)
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○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。