COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg4 前嶋志郎(2)
「ナックルさんと出会って、人のために何かがしたい、と思うようになりました」
2003年の秋。28歳の時だった。前嶋志郎は「死に場所を探して」、大分市内を彷徨い歩いていた。
「産業廃棄物の事業に誘われた知人に裏切られ、1億6千万円の負債を抱え」途方に暮れていた。死ぬしかない。文字通りの死に場所を探して歩いていると、郊外の畑の間を通る道に、ぽつりとプレハブが建っていた。闇に包まれた半農地の中で、そこだけに明かりが灯っている。中を窺うと、人で溢れ活気が漲っていた。
ぼんやりしていると、中から人が出てきた。
「一緒にやろうよ」
声を掛けてきた男は、前嶋の手を引いてプレハブの中に招き入れた。ダーツバーだった。
「命までとられることはないから」
男は「ナックルさん」と呼ばれていた。前嶋より少し年長のナックルさんは、初対面の男にダーツを3本持たせ、投げて見せた。
「簡単やろ。投げてみなよ」
投げてみると、「うまいねぇ」と褒めてくれた。「カウントアップいうんをやってみよう」「もう一回やろう」。ナックルさんは前嶋の分も何度もコインを入れ、やめさせてくれなかった。
随分、遊んでから訊ねてみた。「なんでそこまでしてくれるんですか」
ナックルさんは答えた。
「だって、顔がいっぱいいっぱいだったよ。何があったか知らんけど、命までとられることはないから」
人の情けが身に染みた。死に場所を探していた前嶋の目が、生き残る道を見つめ始めていた。それが、前嶋とダーツとのあまりにも深い縁の始まりだった。
どうしても、お礼が言いたい
返済の目途がたった頃、ダーツを始めた。ナックルさんにお礼が言いたくて、プレハブを訊ねた。が、跡形もなかった。半農地だった場所は様変わりし、近くにゲームセンターが建っていた。
連絡先も勤務先も知らない。そのゲームセンターや周辺にあったダーツバーで聞いてみても、心当たりはないと言われた。が、諦めきれない。どうしてもお礼が言いたい。
雑談にダーツマシーンの仕組みを聞いて、カードを作れば、店の機械に自分の履歴が残ることを知った。ナックルさんに名前は名乗っていた。本名で登録しておけば、どこかで見てくれるかも知れない。前嶋は大分中のダーツバーに、自分の履歴を残した。店でのランキングが上位に来れば、一番最初の画面に名前が載る。ランキングNo.1を目指し、来る日も来る日も、ダーツに明け暮れた。
人が人を呼ぶダーツバー「矢的」
2006年2月、負債の返済を終えた前嶋は、津久見市内にダーツバー「矢的」を開業した。「ナックルさんのように」、自分もダーツで人を励ますことがしたい、と思った。そして数ヵ月後、ナックルさんとの再会も果たせた。人が人を呼び、今では県外からもダーツ愛好家が集まる社交場に成長した。
毎晩、大勢の客で賑わうのに「矢的」にはフードメニューはない。食事は近くの店からの出前ですませてもらう。そうすれば、すこしでも町の飲食店が潤う、というのが理由だ。
開店4周年の記念にTACHIBANAを開催した。トーナメントの名前は、津久見市の花からとった。08年には親睦団体だった前嶋組を会社にし、PERFECTのメインスポンサーの一角に名を連ねた。そして、自らもPERFECTに参戦した。
プロとお客さんが一体となれる大会を
「人を集めようと思ったことはない」のに、TACHIBANAには前嶋を慕う人々が集まるようになった。「イベントに出演すれば30万も40万も稼ぐプロ」が、毎年、この大会を楽しみにしている。
TACHIBANAのエントリーフィーは6000円。だが、参加賞などですべての参加者に、それと同等のお土産を持って帰ってもらっている。イベントを収益のでる事業にする気持ちはない。前嶋のダーツ界への貢献は、前述した通りだ。
――どうしてそこまで、地元のため、ダーツのために?
問うと、間髪をいれずに答えが返ってきた。
「それはナックルさんがいたからです。ナックルさんと出会ってから、人のために何かがしたい、と思うようになりましたね。人と出会い、かかわると、その人のために自分が何が出来るか、考えるようになったんです」
(つづく)
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○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。