COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg5 今瀧舞(1)
「ダーツを始めてから、テレビはほとんど見ていません」
今瀧舞は激しく泣いていた。
選手控室、ホテル瑞鳳、仙台、6月8日。PERFECT TOUR 2013 第9戦の女子決勝が終わったばかりだった。
この日の決勝は今瀧対大城明香利。今季から本格参戦のニューフェイス同士の対戦で、どちらにとっても初優勝をかけた戦いだった。勝ったのは大城。優勝インタビューは、涙を呑み込むのが精一杯で、言葉にならなかった。
インタビューを終えて控室に戻った勝者は、地べたに座り込んでいた敗者を見つけ、駆け寄る。もちろん、それには訳がある。今瀧は顔が破れそうな笑顔で大城を祝福し、二人は抱き合った。
大城がその場を去った直後のことだった。今瀧は肩を震わせ嗚咽し始めた。震えは次第に大きくなり、嗚咽は号泣にかわっていく。涙がとめどなく流れていた。
DVD「PERFECT TOUR 2013」の取材のためカメラを回しながらその一部始終を見ていた、プロデューサーの遠藤政伸は、その姿に心打たれた。
この一途はいったい何なのか? この熱さは、激しさは? ダーツの何が選手をこれほどまでに熱くさせるのか? 目の前で人目も憚らず号泣している今瀧の涙の意味は何なのか?
遠藤は今瀧を追いたい、と思った。
第9戦 仙台大会 決勝 第4レグ「701」
今瀧 舞(先攻) | 大城 明香利(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
B | B | S9 | 592 | 1R | B | B | B | 551 |
B | B | B | 442 | 2R | B | S16 | B | 435 |
B | S17 | S3 | 372 | 3R | B | B | B | 285 |
S12 | B | S10 | 300 | 4R | S5 | S19 | B | 211 |
S9 | S1 | B | 240 | 5R | B | B | S9 | 102 |
B | B | B | 90 | 6R | B | S2 | B | WIN |
両者とも先攻のレグをキープし、レグカウント1-2。今瀧の1レグビハインドで迎えた第4レグは、今瀧先攻の701。大城が第1Rでハットを打つと、今瀧も第2Rでハットを返した。
第3Rは今瀧の1ブルに対し、大城は2度目のハット。To go 372-285 と水をあけた。
第5R。1投目をS9に外した今瀧は、次のラウンドに上がり目を残すため2投目でT20に挑むもわずかに右上。大城は2ブルでto go 102。大勢を決した。
最後まで諦めない今瀧は第6Rで意地のハットトリック。が、すでに遅く、大城はブル、アレンジのS2を冷静に決め、3投目に得意のブルで、初の栄冠を手にした。
ダーツに捧げた生活
彼女の号泣は、ツアーにかける選手たちの想いの象徴と言っていい。熱く、激しい。先回りをして言えば、今瀧は文字通りに、ダーツに人生と生活のすべてを捧げていた。
今瀧はダーツの総合会社フェリックス傘下のTRiNiDADのプレイヤーとして、PERFECTに参戦しながら、日頃は同じ傘下のダーツショップTiTO大宮店で働いている。
朝起きるのは11時頃。支度をして午後1時には出勤。店が終わるのは夜の11時。それから、2時間ほど、店に残って黙々とボードに向かう。一人が寂しいときは、神沼千紘プロが働く近くのダーツバーで食事をして、それから3時ごろまで、やはりマシーンに向かう。
週末の大半はPERFECTやJETのトーナメントに参戦。契約で試合は「仕事」だ。移動日はOFF。それ以外の休日は「月に1日あればよいほう」。その休みも、ほとんどは練習に費やす。1日中投げていることも珍しくない。
生活に必要なもの以外は、ダーツボードだけ
ダーツを投げないのは年に1日か2日。今瀧は明けても暮れてもダーツのことばかり考えている。
27歳。21歳で結婚し24歳で離婚も経験した。
――好きなタレントは?
「いません」
――好きなドラマありますか?
「ダーツを始めてから、ほとんどテレビは見ていません」
――ダーツ以外で、いまやってみたいことは?
「ありません」
一人で暮らす、さいたま市大宮の1Kの部屋には、生活に最低限必要なもの以外は、ダーツボードが壁にかかっているだけ。そのボードは年に8台ほどがぼろぼろになる。今瀧の眼の中にはダーツしかない。
この一途はどこから来ているのか。ダーツの何が、27歳の女の心をこれほどまでに熱く、激しく燃えたぎらせているのか?
今瀧の号泣を、レンズ越しに目の当たりにして心打たれた遠藤と同じ関心が、今瀧の話を聞き始めた私にも芽生えていた。
(つづく)
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- 今瀧舞(5)「ダーツがやりたくて、離婚してもらいました」
- 今瀧舞(4)涙の訳
- 今瀧舞(3)「神様は超えられる試練しか与えない」
- 今瀧舞(2)「観客席の空気を変えるダーツがしたい」
- 今瀧舞(1)「ダーツを始めてから、テレビはほとんど見ていません」
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- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。