COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg5 今瀧舞(5)
「ダーツがやりたくて、離婚してもらいました」
8月25日、札幌。準々決勝でランキング1位の大城明香利を倒した今瀧舞は、準決勝で門川美穂を破り決勝の舞台に駒を進めた。
決勝を戦ったのはPERFECT初参戦の小林知紗。と言っても、D-CROWNでは実績のある中堅で、地元北海道では負け知らずの強敵。出産を経て闘いの舞台に戻ってきた小林は、準々決勝で今野明穂を、準決勝ではD-CROWNの女王・浅野ゆかりを退けていた。
9ダーツTVの解説席に座った小野恵太は、キープ合戦かワンサイドのどちらかと試合展開を予想した。実力は拮抗、どちらかが初優勝の重圧で崩れればワンサイドとの見立てだ。が、ゲームは恵太の予想とは違う展開となった。
第14戦 札幌大会 決勝 第2レグ「クリケット」
小林 知紗(先攻) | 今瀧 舞(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
S20 | ×(T1) | S20 | 0 | 1R | S20 | ×(S5) | S20 | 0 |
S20○ | T20 | S19 | 60 | 2R | S19 | T19○ | S19 | 38 |
T19● | S20 | ×(T1) | 80 | 3R | T17○ | ×(S3) | T17 | 89 |
×(T3) | ×(S1) | S20 | 100 | 4R | S17 | S20● | S17 | 123 |
S18 | S18 | T18○ | 136 | 5R | ×(S1) | T17 | S17 | 191 |
T18 | ×(T1) | ×(S1) | 190 | 6R | S18 | T18● | S17 | 208 |
S16 | T16○ | ×(S7) | 206 | 7R | T16● | S15 | T15○ | 223 |
OBL | IBL | ×(S1) | 206 | 8R | OBL | OBL | ×(S5) | 223 |
OBL | ×(T1) | ×(S17) | 231 | 9R | OBL | S17● WIN |
– | 240 |
第1レグ701で大差のブレイクを許した今瀧が、身上とする強気のダーツで果敢に攻めた。
第5Rには、13Pビハインドの場面で、1投目をカットに。ミスはしたものの、2、3投目の4マークで55Pのアドバンテージを得た。
第6Rにも、僅か1Pリードの場面で、再びカットに。2投を費やし、得点差18Pに詰め寄られた。が、ひるまなかった。
第7R。先攻の小林は4マークで16をオープンし、加点16。2P差の場面で三度カットにいった今瀧は1投目のトリプルで小林の16をカットし、続く2投で15を奪った。
第8R。後のなくなった小林はブルをオープンするも、加点なし。が、ブルをクローズすればブレイクだった今瀧は2マークで決め切れず、小林にワンチャンスを与えた。
第9R。小林は1投目のアウターブルでポイントオーバー。今瀧の陣地2つをカットすればキープだったが、2投目でカットできず、3投目のプッシュもミス。8Pビハインドの今瀧は、最後まで真骨頂の強気の攻めで、1投目にブルをクローズ、2投目のプッシュでブレイクバックに成功した。
臆病でマイナス志向
今瀧は1986年1月、長野県岡谷市で生を受けた。トンネル工事に従事していた父と専業主婦の母、7つ年上の兄がいた。
父の仕事のため、家族は転居を繰り返すが、学齢前に父の実家のある長崎県諫早市に落ちつき、舞はそこで高校卒業までを過ごした。
小学校の頃は柔道、中学校ではソフトテニスに打ち込み、高校ではボクシング部のマネージャーを務めた。ギターを弾き、絵を描くのも好きだった。男勝りの腕白。子供時代を振り返り、「伸び伸びと育ちすぎました」と笑う。が、典型的な内弁慶で人見知り。臆病でマイナス志向の表情も併せ持っていた――というのが自己分析だ。
2004年の春、舞は高校を卒業すると、長崎に出てアルバイト生活を始めた。年末には、付き合っていた男性と一緒に名古屋に転居している。若い二人の暮らしは長くは続かなかったが、名古屋は第二の故郷となった。
ダーツの神様に選ばれた
名古屋で暮らし始めて3年目を迎えた07年の春、舞は父親ほどの年齢の男性と結婚し、「社長夫人」となった。夫は会社を経営し、「包容力のある優しい人」だった。それを運命の悪戯と言うのか、知り合ったのはダーツを始める前だった。順番が逆だったら、今瀧の人生は随分違った色になっていたかもしれない。
結婚を間近に控えた前年秋、舞は「花嫁道具」の一つにと、自動車の免許を取った。合宿の最終日、担当の指導員から新品のバレルをもらった。ダーツが好きな人だった。
アパートのすぐ近くにダーツバーがあった。折角だから行ってみたいと思ったが、引っ込み思案の性格が邪魔して、一人ではドアを押せない。躊躇の日々を送っていたとき、偶然、仕事で知り合った人から、そのバーに誘われた。渡りに船だった。今瀧舞、20歳の冬。ダーツとの蜜月が始まった。
多くのトッププレイヤーがそう語るように、今瀧もまた、すぐにダーツの虜になった。初めて投げた日から、毎日9時間ボードに向かった。まるで魔物に取りつかれたように。あるいは、ダーツの神様に選ばれてしまったかのように。
ダーツと結婚したかのような新婚生活
主婦になって時間ができると、さらにダーツにのめり込んだ。朝、夫を送り出し家事を片付けると、マシーンのある喫茶店へ。夕方、買い物をして家に帰り、夕食が終わるとダーツバーに出かける。まるでダーツと結婚したかのような新婚生活だった。
新しい玩具を手にした昭和の子供のように、今瀧の生活はダーツ一色に染められていく。うまくなるのが楽しい。勝負が楽しい。が、それだけではなかった。ダーツは今瀧を変えていた。
ダーツを始めた頃、師と仰いだダーツバーのオーナーが言った。「ダーツを3本持ってさえいれば色んなことができるんだよ」。人見知りで、知らない人に話しかけることなど考えたこともなかった自分が、ダーツを持つと、自然と話しかけることが出来た。
マイナス志向で、物事を悪いほうにばかり考え、思ていることがあってもつい口を噤んでしまう、そんな自分が楽しいことを考え、思ったことを口にできるようになっていた。
「名古屋で天辺(てっぺん)を獲りたい」
ダーツを始めて8カ月でAフライトに駆け上がり、1年余の雌伏の時期を経て再びAフライトに返り咲いた今瀧は、名古屋近郊のトーナメントに参加するようになる。強い相手と戦いたいという気持ちが募った。
当時、東海地区では長澤久美子と山田尚子の名が知られていた。強敵と戦いたいという気持ちは、二人を倒して「名古屋で天辺を獲りたい」という目標に変わっていく。
09年、当時アマチュアも出場できたPERFECTの愛知大会に初参戦。プロと戦えるという手応えを得ると、プロのツアーを転戦したいという気持ちが膨らんだ。ダーツプレイヤーとしての夢が広がっていくばかり。が、ダーツ一色に染まった新婚生活には、破綻が忍び寄りつつあった。
離婚後も夫の姓を名乗って戦う
2010年7月、今瀧は離婚する。三行半を突き付けられた訳でも、夫に不満があった訳でもない。が、ダーツと主婦業の両立は限界に達していた。家事を放棄してダーツに明け暮れていていいはずはない。目前には年老いた義父母の介護も迫ってきていた。
身勝手なのは自身が一番分かっていた。他人が羨むような安定した生活を、一瞬のうちに失ってしまうことも分かっていた。でも、どうしてもダーツをやりたい。その気持ちが抑えられない。
「本気でやりたいことを見つけたから、離婚してほしい」
意を決した今瀧の懇願に夫は寛大に応じた。
「とことんやったらいいじゃん」
「ありがとう」と感謝の言葉を伝え、3年4カ月の短い結婚生活に自らピリオドを打った今瀧は、ダーツの道に邁進する。「今瀧」は旧姓ではなく夫の姓。離婚後も、その姓を名乗ることにしたのは、「自分に対する戒め」だ。
ときに鬼気迫る今瀧のダーツは、多くを犠牲にした重い過去を背負っている。やはり、今瀧はダーツの神様に選ばれてしまったのではないか、と私は思う。その道は無論、険しい修羅の道である。
(つづく)
- 【Leg15】大内麻由美 覚醒したハードの女王
- 大内麻由美(3)最初から上手かった
- 大内麻由美(2)父の背中
- 大内麻由美(1)「引退はしません。後は、年間総合優勝しかありません」
- 【特別編】2016 年間チャンピオン - インタビュー
- 大城明香利 初の3冠に輝いたPERFECTの至宝
- 浅田斉吾 年間11勝 ―― 歴史を変えた“ロボ”
- 【Leg14】知野真澄 みんなの知野君が王者になった。
- 知野真澄(6)「ちゃんと喜んでおけばよかったかな」
- 知野真澄(5)「絶対に消えない」
- 知野真澄(4)10代の「プロ」
- 知野真澄(3)「高校生なのに、上手いね」
- 知野真澄(2)お坊ちゃん
- 知野真澄(1)3冠王者誕生
- 【Leg13】今野明穂 うちなーになった風来女子、その男前ダーツ人生
- 今野明穂(6)お帰り
- 今野明穂(5)プロの自覚
- 今野明穂(4)どん底
- 今野明穂(3)ニンジン
- 今野明穂(2)沖縄に住みたい
- 今野明穂(1)今野 Who?
- 【Leg12】山田勇樹 PRIDE - そして王者は還る
- 山田勇樹(6)がんからのプレゼント
- 山田勇樹(5)…かもしれなかった
- 山田勇樹(4)決断と実行
- 山田勇樹(3)強運伝説
- 山田勇樹(2)「胃がんです」
- 山田勇樹(1)順風満帆
- 【Leg11】一宮弘人 この手に、全き矢術を
- 一宮弘人(5)ダーツを芸術に
- 一宮弘人(4)負けて泣く
- 一宮弘人(3)ダーツに賭けた破天荒人生
- 一宮弘人(2)「自由奔放に生きてやる」
- 一宮弘人(1)「いずれは年間王者になれると信じています」
- 【Leg10】門川美穂 不死鳥になる。
- 門川美穂(6)復活の時を信じて
- 門川美穂(5)帰って来た美穂
- 門川美穂(4)死の淵からの帰還
- 門川美穂(3)3.11――死線を彷徨った
- 門川美穂(2)PERFECTの新星
- 門川美穂(1)鴛鴦夫婦
- 【Leg9】大城明香利 沖縄から。- via PERFECT to the Top of the World
- 大城明香利(4)「5年後に世界を獲れたら面白いですね」
- 大城明香利(3)「ダーツにだったら自分のすべてを注げる」
- 大城明香利(2)勧学院の雀
- 大城明香利(1)決勝に進むのが怖くなった
- 【Leg8】谷内太郎 - The Long and Winding Road ― 這い上がるダンディ
- 谷内太郎(4)失われた4年。そして
- 谷内太郎(3)「竹山と闘いたい」
- 谷内太郎(2)「レストランバーの店長になっていた」
- 谷内太郎(1)「長かった」
- 【Leg7】樋口雄也 - 翼を広げたアヒルの子
- 樋口雄也(4)「ダーツは自分の一部です」
- 樋口雄也(3)テキーラが飛んでくる
- 樋口雄也(2)理論家の真骨頂
- 樋口雄也(1)悲願の初優勝
- 【Leg6】浅田斉吾 - 「浅田斉吾」という生き方
- 浅田斉吾(6)家族――妻と子
- 浅田斉吾(5)兄と弟
- 浅田斉吾(4)両刃の剣
- 浅田斉吾(3)「ラグビー選手のままダーツを持っちゃった感じです」
- 浅田斉吾(2)「最速は、僕です」
- 浅田斉吾(1)「今季の目標は圧勝です」
- 【Leg5】今瀧舞 - 熱く、激しく、狂おしく ~ダーツに恋した女
- 今瀧舞(6)「現役を引退しても、ずっとダーツと関わっていたいと思います」
- 今瀧舞(5)「ダーツがやりたくて、離婚してもらいました」
- 今瀧舞(4)涙の訳
- 今瀧舞(3)「神様は超えられる試練しか与えない」
- 今瀧舞(2)「観客席の空気を変えるダーツがしたい」
- 今瀧舞(1)「ダーツを始めてから、テレビはほとんど見ていません」
- 【Leg4】前嶋志郎 - ダーツバカ一代
- 前嶋志郎(3)「ダーツ3本持ったら、そんなこと関係ないやないか」
- 前嶋志郎(2)「ナックルさんと出会って、人のために何かがしたい、と思うようになりました」
- 前嶋志郎(1)「ダーツ界の溶接工」
- 【Leg3】浅野眞弥・ゆかり - D to P 受け継がれたフロンティアの血脈
- 浅野眞弥・ゆかり(4)生きる伝説
- 浅野眞弥・ゆかり(3)女子ダーツのトップランナー
- 浅野眞弥・ゆかり(2)「D-CROWN」を造った男
- 浅野眞弥・ゆかり(1)「PERFECTで優勝するのは、簡単ではないと感じました」
- 【Leg2】山本信博 - 職業 ダーツプレイヤー ~求道者の挑戦~
- 山本信博(6)「結局、練習しかないと思っているんです」
- 山本信博(5)「1勝もできなければ、プロは辞める」
- 山本信博(4)「ダーツはトップが近い、と思ったんです」
- 山本信博(3)「ぼくだけだと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」
- 山本信博(2)「余計なことをあれこれ考えているときが、調子がいいんです」
- 山本信博(1)「プレッシャーはない。不振の原因は練習不足」
- 【Leg1】小野恵太 - 皇帝の背中を追う天才。
- 小野恵太(4)「星野さんを超えた? まったく、足元にも及びません」
- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。