COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg1 小野恵太(4)
「星野さんを超えた? まったく、足元にも及びません」
ボードを前に心が無に近くなる。視界からノイズが消え、ターゲットしか目に映らない。それが、理想のダーツができる状態だと、小野恵太は言う。その時、恵太のダーツは爆発する。
第3戦北九州大会の第3セット第2レッグ。ウィニングショットを決められず、浅田斉吾にブレイクを許した恵太は、ふと、我に返る。
「これ、駄目だな」
勝ちを意識して力が入り過ぎている。そう気付いたとき、力が抜けた。頭から優勝の二文字が消えた。視界からノイズが消えた。
真面目で礼儀正しく誠実、そして堅実
東京都江戸川区小岩。昭和の面影を色濃く残す駅前商店街の、入り組んだ路地を奥深く進んだ一角に、ダーツバーNIPはある。プロダーツプレイヤー小野恵太の拠点。バーカウンターの奥に洋酒がずらりと並ぶ店内に、ダーツマシーンが3台。トーナメント優勝の賞状やトロフィー、恵太の特大ポスターが壁に溢れている。月に10日出勤し、訪れた客とプレイし、ダーツ談義に花を咲かせるのが仕事。稽古場も兼ね、1日2時間の練習は欠かさない。仕事も含めると1日5時間は必ず、ボードに向う。
賞金とユニフォームのスポンサー広告、イベントへの出演料、そして、拠点とするバーからの報酬。それらが収入源だ。
昨年、女子プロダーツプレイヤーの竹下舞子と結婚。長子も誕生し責任が増した。家族を養うため「勝たなければ」という気持ちが強くなった。結婚後は、在京の日の昼間は不動産関連の家業を手伝い、仕事を学んでいる。
「プロとして駄目になったとき、家族を食べさせられません、では困りますから」
真面目で礼儀正しく誠実、そして堅実。初めてダーツプレイヤーを取材することになった私が、当初想像していた人間像とは、かけ離れた人柄がそこにあった。
星野さんを間近で見たい
NIPのテーブル席で対座した恵太に、星野との関係を訊ねた。
「師弟? どうでしょう。僕が一方的に尊敬してるだけなんで。でも、星野さんも僕を可愛がってくれてるんで、周りからそう思ってもらえているのかも知れませんね」
昨年初頭、星野から同じ事務所クロスダーツディビジョンに誘われた。「星野さんという人を、もっと間近で見てみたい」。そう思って移籍した。大会前は行動を共にし、前日は一緒に練習する。近くに居れば居るだけ、「大きい」と感じる。ダーツにかける思いが自分とは全然違う。
その年、恵太は年間総合ランキングで、星野を超えた。
が、恵太は言う。
「ランキングはそうですけど、技術も人気も、それに人間的にも、足元にも及びません。今、ランキング上位で、星野さんより人気がある人は一人もいません。肩の故障もあって結果が出てないだけなんで、星野さんを超えたなんて、全然、思ってません」
――星野さんのどこが、そんなに魅力なのですか?
「人間味溢れるダーツをするんですよ。圧倒的な力を見せつけるタイプじゃないんです。でも、大事なところで最高のダーツができる。ハラハラさせて、ぎりぎりのところで逆転して勝つみたいな、見ていて応援したくなるような、人を惹きつけるダーツなんです。試合やイベントでのファンやスポンサーの方への振る舞いも、プロとして、完璧に仕事としてやっている、っていうのが、近くで見ているとよく分かるんです」
“師”を語る恵太の口調が熱を帯びた。
第3戦 決勝 第3セット 第3レッグ 「クリケット」
浅田 斉吾(先攻) | 小野 恵太(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
S20 | T5 | T20○ | 20 | 1R | S19 | T19 | T19 | 76 |
T20 | S20 | S19 | 100 | 2R | T19 | S19 | T20● | 152 |
T18○ | T18 | OBD | 154 | 3R | S19 | S19 | S18 | 190 |
T19● | S18 | T18 | 226 | 4R | S17 | T17○ | T17 | 258 |
S4 | T18 | T18 | 334 | 5R | T17 | T17 | T18● | 360 |
T8 | S16 | T16○ | 350 | 6R | T16● | T17 | S15 | 411 |
S15 | S15 | T17● | 350 | 7R | S10 | T15○ | IBL | 426 |
IBL | OBL○ | S14 | 350 | 8R | IBL● WIN |
– | – | 426 |
コークで恵太は後攻。4Rまでは、浅田が4、5、6、7マーク、恵太は7、7、3、7。陣地は2つずつ、カットもそれぞれ1つ。ポイントで恵太がリードした。
勝負どころとなった5R。1投目を外し6マークの浅田に対し、恵太は9マーク。3投目にトリプルで浅田の18をカットし、吠えた。
6Rでも差を広げた恵太は、7R2投目にトリプルで浅田の17をカットし、勝負あり。8R1投目に、ウィニングショットをブルに突き刺した。
勝利の瞬間、頬を緩め両拳を握りガツポース。すぐに歩み寄り、浅田の右手を両手で握った。
「お前が勝ってくれて、よかった」
戦い終わった恵太が頬を緩めていたとき、観客席の最後部にいた星野は、握手攻めにあっていた。二人の関係を知る人々からの祝福に、星野は満面の笑顔で応える。
再起を期し、環境を変えて新しい舞台に挑む星野へのはなむけの優勝。表彰式後、星野は「最後にお前が勝ってくれてよかった」と、“弟子”の優勝を労った。
闘う舞台は変わっても、二人の絆は変わらない。
(Leg.1 小野恵太 / おわり)
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- 小野恵太(4)「星野さんを超えた? まったく、足元にも及びません」
- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。