COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg4 前嶋志郎(3)
「ダーツ3本持ったら、そんなこと関係ないやないか」
2013年5月3日午後。「矢的」7周年を記念したTACHIBANA2013はクライマックスを迎えた。シングルス・マックスの決勝の舞台に立ったのは、PERFECTの12年シーズン年間王者・山田勇樹と、競合する団体のスタープレイヤー・江口祐司。団体の垣根を超えた、ソフトダーツでは滅多に見られない夢のカードが実現した。
ダーツの原点
TACHIBANAは、他のオープントーナメントとは違う。片田舎のダーツバーの周年記念の大会に大勢のトッププロが顔を揃える。普段は戦うことのない団体の選手たちが旧交を温める。トッププレイヤーを特別扱いせず、店のお客さんたちと同じ立場で、初心に返ってダーツを楽しむ。プレイヤーだけでなく、普段は裏方で大会を支えるメーカーやディーラーの人々も、一選手に戻ってボードと向き合う。そして、どの顔にも笑顔が弾けている。ダーツを始めた頃の、ダーツが好きで好きで仕方がなかった頃の、笑顔が弾けている。その秘密は、もちろん、前嶋志郎にある。
「楽しくってしかたがない」
昨季女子年間ランク3位の松本伊代は、取材カメラを前に「今日は楽しくて仕方がない」とはしゃいで見せた。田中美穂も「みんなでわいわいお祭みたいな感じで楽しめた」と目を細めた。そして、宿敵江口を倒して優勝した山田勇樹は、「日頃会えない人に会えたりするし、PERFECTほど勝ち負けにこだわる訳じゃない(から楽しめた)」と、前嶋への感謝を口にした。
ベテランの藤井雅之は言う。「単に好きな奴が集まってるだけの大会ですから、前嶋さんという人の人柄で繋がってる大会なので、こういう大会があってもいいんじゃないですか」
もちろん、前嶋一人で大会が出来た訳じゃない。前嶋の周りには人が集まる。前嶋組取締役の酒井俊輔はこう評した。
「(前嶋は)ただのあほ。何も考えてなくて、自分がやりたいこととか、好きなこととかを堂々とやっているところに、人がついてきてくれているんです」
前嶋のダーツへの熱い想いと、私心のなさが、人々を動かしている。
ダーツの未来を見据えて
前嶋は選手としては大成したとは言えない。が、予選落ちを続けながら、ツアーに参加し続けている。それは、ダーツの未来を見据えてのことだ。前嶋が言う。
「年配の方にしかわからないことがいろいろあると思うんですよね。それを若いプレイヤーに伝えていって欲しい。教えていって欲しい。それが出来る、プロがなかった頃から苦労してダーツを続けてきた人たちが、『俺も頑張ろう』って復活出来るために、ぼくは存在としてロビン落ちを続けようがなんやろうが、頑張って出て行こうと思うんです。そして、新世代の選手たちと、ベテランの世代が融合した時に、いろんな問題を抱えているダーツの世界でも、選手の意見も通るような形のものもできていくんじゃないかなと思うんです」
「最後は人と人との繋がりや」
「最後は人と人との繋がりや」
どの団体とも、どのメーカーともディーラーとも親しく付き合い、業界の「溶接工」役を果たしている前嶋は口癖のように言う。「ぼくが重視しているのは人と人との関わりだけです。普通の人が溶接したらすぐばれてしまっても、僕が溶接する人間は離れないんですよ」
プロツアーがビジネスと深く結び付いている現状の中で、ダーツ界にはさまざまな壁がある。メーカーが違う、団体が違う、スポンサーが違う…。が、前嶋はその豪快な人柄で、一人それを乗り越えて、「祭り」を実現させている。
「ダーツ3本持ったら、そんなこと関係ないやないか」
団体やメーカーの壁を忘れて、選手たちが純粋にダーツを楽しんでいる。前嶋が心血を注ぐTACHIBANAは、ダーツバカ一代、男前嶋が実現させたい、ダーツ界の未来の風景でもある。
(終わり)
※「ダーツバカ一代」は、DVD「2013 PERFECT TOUR vol.1」TACHIBANA撮影チームの取材を元に、執筆しました。
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○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。