COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg7 樋口雄也(1)
悲願の初優勝
PERFECTツアー2014の開幕を前に、樋口雄也の今季を浅田斉吾に占ってもらった。
「だめでしょ」と、にべもなかった。
――なぜですか?
理由を問うと
「甘いと思います。温室にいますから」と、素っ気ない。
「樋口は甘い」
浅田の真意はこうだ。昨年の覇者・山田勇樹を筆頭に、4強と言われる浅田、小野恵太、山本信博はいずれも、賞金ツアーとスポンサー料、イベントなどの出演料で生計を立てる文字通りのプロ。今ある場所に辿りつくまでは、それぞれに違った道を歩んできたが、4人ともダーツ3本で生活するしかない、何の保障もない厳しい環境に身を置いていることに変わりはない。
が、樋口は違う。バレルメーカーの社員として月給を得ながら、シフトなどで会社からツアーに全戦参戦する優遇も受けている。本職を別に持つプレイヤーがツアーに参加するには、この上ない恵まれた環境にある。それが、浅田には「甘い」と映る。
勝負の世界のこと。専業であろうが副業であろうが、是非の問題はない。強い者が偉い。勝つためにどのような環境に身を置くかも、勝負の範疇だ。樋口は自分にとって一番良いと思う環境を選択している。が、結果が出なければ、たとえ反論があっても、「甘い」という評価は甘受するしかない。
PERFECT初参戦は09年。2013年シーズンは年間ランキング6位で、初のトップ10入りを果たしたが、まだ優勝がない。トーナメントでは優勝以外はすべて負けだ。自他共に認めるトップ選手となるには、「1勝」が喉から手が出るほど欲しい。
ワンチャンスで浅田を撃破
2014年2月8日、パシフィコ横浜。シーズン開幕戦で、樋口は3度目の決勝の舞台に立った。対するは浅田。もちろん、樋口は「甘い」と言われたことを知らない。
決勝は3セット3レグマッチ。第1、第2セットは01、クリケット、01で、第3セットはクリケット、クリケット、チョイス。この日の浅田は絶好調。加えて、クリケットでは常に抜群の強さを誇る。地力に劣る樋口にチャンスがあるとすれば、後攻めの第1セットの01をブレイクすることにつきる。
第1セット第1レグ01。緊張が見える樋口はダーツをコントロールできず、浅田に大差のキープを許す。が、第2レグには落ち着きを取り戻し、真骨頂と言ってもいい早い仕掛けで、浅田の陣地を次々にカット。第1Rの1投目にオープンした自陣の20でポイントを稼ぎ、大差でキープ。レグカウント1-1で勝負の第3レグを迎えた。
2014 PERFECT【開幕戦 横浜】
決勝 第1セット 第3レグ「501」
浅田 斉吾(先攻) | 樋口 雄也(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
S20 | S20 | T19 | 404 | 1R | S20 | T20 | T20 | 361 |
S20 | S20 | T20 | 304 | 2R | T20 | S20 | T5 | 266 |
T20 | S20 | T18 | 170 | 3R | S19 | T20 | T20 | 127 |
S1 | T20 | T20 | 49 | 4R | T20 | T17 | D8 | WIN |
先攻の浅田の第1Rは、2投がシングルとなりポイントは97。つけ入りたい樋口は、T20を2本決めて140ポイントを削り、1Rで43ポイントのアドバンテージを得た。
第2R。互いにT20は1本ずつで、ポイント差は38。第3Rでは、浅田が1投目にT20、3投目はアレンジのT18を決めTo Go170で上がり目としたのに対し、樋口もT20に2本入れTo Go127と譲らず、第1Rで得た43ポイントのアドバンテージを保ったまま、最終局面でのワンチャンスを待った。
勝負の第4R。浅田は1投目をS1に外して49ポイントを残し、樋口に待望のチャンスが巡ってきた。普段と変わらないルーティンのあとに放った1投目は、美しい放物線を描いてT20に、2投目はアレンジのT17に、そして3投目はD8に吸い込まれ、ウイニングショットとなった。
唯一のチャンスをものにして第1セットを奪った樋口は、第2セットの第1レグと第3レグをキープし、悲願の初優勝を遂げた。その瞬間、両拳を握りしめた樋口の眼鏡の奥に、早くも涙が滲む。浅田から差し出された右手を握る。眼鏡を外し両目を拭った樋口は、「すごく嬉しいです」と優勝インタビューに答えた。
人気者のアヒル
樋口は人気者だ。ホームショップは川崎の武士ダーツ。関東圏で開催される地元の大会では、一番大きな声援を得る。それも樋口の力の泉だ。
「ひぐひぐ」の愛称で親しまれ、口角の上がった愛嬌のある唇がアヒルを連想させる。そのアヒルをマスコットキャラクターにしている。試合のときに使う風変わりな眼鏡に坊主頭。投擲の前に利き腕を何度も上下させるルーティン。人懐っこい笑顔。まめに更新するブログ。ファンやお店のお客さんとの時間を忘れたダーツ談義。人気の訳を数え上げれば切りがない。樋口はプロダーツプレイヤーのなんたるかを、よく知る人だ。
PERFECT随一の理論家
大学教授を父に、ドイツ語の翻訳家を母に持ち、自らは慶応義塾大学文学部哲学科の卒業。専攻は美学芸術(音楽)史。PERFECT所属のプレイヤーの中では異色の経歴の持ち主だ。
であるからかどうかは別として、樋口はPERFECTきっての理論家と言われる。01においてはアレンジを研究し尽くし、クリケットでは「スイッチャー泣かせ」の代名詞となるほどトリッキーな戦術を見せる。
何より、ツアーを転戦するダーツ仲間をして、「変態」と言わせるほどのダーツ好き。今瀧舞は「つかみどころのないお兄ちゃん」と評し、「試合でのトリッキーな攻め方は、私には理解できないけれど、理論があってやっている。結局、樋口さんのことはよくわからない」と苦笑。22歳の金子憲太は「あまりにも奇抜。理論派と言われているのに、突拍子もないことを平然とやる。相手の心の折れ方をしっているから怖い」
樋口雄也とは一体、何者なのか。
(つづく)
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- 今瀧舞(3)「神様は超えられる試練しか与えない」
- 今瀧舞(2)「観客席の空気を変えるダーツがしたい」
- 今瀧舞(1)「ダーツを始めてから、テレビはほとんど見ていません」
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- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。