COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2014年9月1日 更新(連載第41回)
Leg9
PERFECTに舞い降りた妖精。疾走するワルツ
大城明香利

Leg9 大城明香利(4)
「5年後に世界を獲れたら面白いですね」

気候も文化も人々の笑顔も内地のそれとは違う。空の青と海の藍、暖かな風、ゆっくりと流れる時間…。

大城明香利は沖縄で生まれ、育ち、一度は飛び出し、帰ってきた。そして、沖縄の人々に支えられ、励まされ、期待を背負って闘っている。

昼はステーキハウスの店員

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那覇市国際通り。観光客と地元の買い物客で賑わう沖縄最大の繁華街。その真ん中に「ステーキハウス88国際通り店」はある。高級沖縄牛を食べさせてくれる店だ。

大城の一日はここから始まる。朝は10時半頃に起きてお店に12時に出勤。夕方5時まで働く。接客と配膳が仕事。時給で働いている。

ステーキハウスでの仕事を終えるといったん帰宅。3時間ほど仮眠を取って夜の11時に、母が経営するダーツバー「Quatro」に出勤する。シェーカーを逆さまに振って笑われるお粗末で、バー業務は母任せで、練習を兼ねた客とのダーツが仕事。忙しい日々の中で、練習ができるのはこの時だけ。だから、客とのダーツも真剣だ。

ハードとソフト、3つの地域リーグに参加し、多いときは週に3度の試合をこなす。リーグ戦のある日の仮眠は1時間ちょっと。それでも参加するのは、ダーツに対するモチベーションを維持するため。リーグ戦はダーツの楽しさが再確認出来るし、男女混合戦だから、強敵相手だとメンタルの強化にもなる。チームが勝つと嬉しいし、もっと頑張って貢献したいと思い、さらにモチベーションが上がる。

お店が終わるのは午前3時ごろ。片づけを終えて帰宅し布団に入るときには空の色は薄くなっている。部活に熱中していた中学・高校時代、朝までダーツを投げて仮眠して部活へ。夕方帰宅してまた仮眠してダーツを投げにお店へ。そんな週末を過ごしていた。その頃と変わらない生活で、大城はダーツへのモチベーションを維持し続けている。

「自分を見失わないため」

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昨年年間女王となり、全国各地のイベントに引っ張りだこの大城に、ステーキハウスで時給のバイトを続けなければならない経済的な理由はない。

それでも辞めないのは「初心を忘れないため」と大城は言う。「自分を見失わないため」とも。

高校時代にアルバイトをしていた店。沖縄に帰って仕事を探していた大城に声を掛けてくれたのも、この店の店長。プロになるまでの2年間、昼はステーキハウスで、夜はダーツバーで働きながら、必死で練習を重ねてきた。それが大城の初心。「沖縄に戻ってダーツを再び始めた頃のことを忘れたくない」。プロになった大城の黒一色だったユニフォームに、初めてスポンサーのワッペンを貼ってくれたのも、「ステーキハウス88」だった。

年間女王はイベントでどこに行っても、「凄い」「上手い」「可愛い」「格好いい」…、称賛の声に包まれる。ちやほやもされる。それを心地よく感じ、天狗になっている自分に気が付くこともある。

でも、沖縄に帰りステーキハウスに出勤すればただのアルバイト店員に戻る。店の人たちはダーツを知らない。PERFECTで決勝進出と言っても、初優勝と言っても、3連覇も年間女王も「ふーん、良かったね。お疲れさま」でおしまい。そのギャップが心地いい。

特別扱いされることもない。内地から沖縄に帰ってきて、眠る間も惜しんでダーツに打ち込み始めた頃の自分に戻ることができる。体はきついと感じることもある。けれど、それが「自分を見失わないために」とても大切な時間だと思う。

大城がアルバイトをしていると知り、お店にやって来るファンも増えた。しっかり売り上げにも貢献している。

「いらっしゃいませ」

 国際通りの「ステーキハウス88」を訪ねたら、試合会場では決して見ることが出来ない、大城明香利の別の笑顔に出会える。かもしれない。

年間女王をかけた大一番

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PERFECT2013年シーズン第18戦は11月4日、パシフィコ横浜で開催された。第11戦新潟大会で史上3人目の3連覇を果たし、年間総合ランクトップに躍り出た大城明香利は、その後もトップを維持しこの日を迎える。

4度目の優勝を果たした第17戦を終え、年間ランク1位の大城は843ポイント。2位松本恵776ポイント、3位今野明穂727ポイント。GⅠ大会の優勝ポイントは90点。優勝すれば残り3戦で2位以下を100点近く引き離し、年間女王をほぼ掌中に収めることができる大事な大会だった。

予選ロビン、決勝トーナメントを順調に勝ち進んだ大城は準決勝で、松本恵と激突する。

松本は年間女王4連覇の「絶対女王」。13年シーズンも総合2位につけ、虎視眈々と逆転を狙っていた。3位タイ(ベスト4)のポイントは51点。優勝ポイントとの差は39点。大城と松本の総合ポイント差はこの時点で67点。5連覇達成には直接対決の準決勝で大城を倒し、かつ優勝してポイント差を28点に縮めておくことが是非とも必要だった。

シーズンの優勝は松本が5回、大城は4回。松本に準優勝はなく、大城は4回。そして直接対決はそれまで3勝3敗。横浜大会の準決勝は13年シーズンの女王を事実上決定する大一番となる。

「むちゃむちゃ緊張したのをよく覚えています」

 大一番を前にした心境を振り返り、大城はそう言った。「恵さんとは、今でも緊張します。一番緊張します。オーラがあるんです」。 打倒松本を誓ってシーズンを闘ってきた大城は極度の緊張の中でボードに向かった。

ありえないアレンジ

準決勝第1レグは大城先攻の701。両者譲らずtogo大城127対松本96で迎えた第6Rで、大城はブル、ブルで100Pを削り残り27。9ダーツTVの解説陣を「ありえないアレンジ!!」と驚かせる。

が、T9がターゲットの3投目のレグショットは下のT14に外れバースト。松本にブレイクチャンスを与えた。しかし、松本ももらったチャンスを活かせない。

第1レグの終盤に来て、この試合の重みを理解している2人のダーツが硬い。互いにレグショットを2度ずつ外し、最後は大城がキープした。

第2レグは第7Rで9マークを打った後攻の大城が圧勝でブレイク。優勝に大手をかけた。が、続く第3レグは松本が女王の意地を見せる。第2、第5Rで9マーク。大城も第6Rで9を返したが、松本がブレイクバックに成功した。

そして試合は松本の先攻で第4レグの701を迎える。

ZOOM UP LEG

2013 PERFECT【第18戦 横浜】
準決勝 第4レグ「701」

松本 恵(先攻)   大城 明香利(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
B 14 B 587 1R 2 B B 599
B B B 437 2R B B B 449
B 18 18 351 3R 7 B B 342
B 13 B 238 4R B B 6 236
B B B 88 5R B B B 86
× B 3 35 6R 16 20 B 0
WIN
B=BULL

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準決勝第4レグは、先攻の01をキープしフルレグに持ち込みたい松本と、得意の01で勝負を決めたい大城の意地と意地がぶつかり合う激戦となる。第1Rは互いに2ブル。第2Rは両者ハットトリックで序盤を滑り出した。

第3Rの松本は1ブル。が、ミスショットはいずれもS18の高得点ゾーンへ。他方の大城は2ブルも1投目はS7で点差は開かない。続く第4Rは互いに2ブルで、to go 松本238、大城236。

第5Rも互いに2度目のハットトリックを打ち、譲らない。が、残りは松本88、大城86で先攻松本の戦況リードが鮮明となった。

迎えた第6R。松本はD19とブルで勝ち。が、D19のターゲットに向かった1投目のアレンジショットはボードに弾かれフロアに落下。電子ボードも反応せずカウント0のミスショットに。2投目はブルで50ポイントを削り、残り38。再びD19に挑んだが、チップはわずか右上のS3に吸い込まれた。

勝利の女神にワンチャンスをもらった大城は1投目のブルをミス。が、入ったのはS16で残り70。15P以下なら残りの2投にダブルかトリプル、あるいはその両方が必要な難しいショットが残るところだったが、女神は微笑みを隠さなかった。

運を味方につけた大城は、残り70の2投目をS20にアレンジ。3投目を得意のブルに突き刺し、大一番の勝利を手にした。

「入れれば勝てる」

準決勝で松本恵を倒した大城は決勝で黒瀧摩紀にレグカウント3-0で圧勝。シーズン5勝目を挙げ、年間女王レースで2位松本とのポイント差を106とし、新女王の座をほぼ掌中に収めた。

松本と対戦した準決勝の第1レグ。残り127で迎えた第6Rでの1、2投目にブルで50ポイントずつを削り「ありえないアレンジ」と解説席を驚かせた場面を振り返った言葉に、「天才」と言われる大城のダーツ哲学が凝縮されていた。

「私の場合は普通です。もちろん、アレンジをよく理解しているダーツは、確かに(戦術的には)そうなのかなと思うんですけど、私は、どんなにうまいアレンジをしても、最終的には入らなきゃ勝てないし、変なアレンジでも入っちゃえば勝ちだと思っているので、あまりアレンジに拘りはないんです。あの場面では確かにトリッキーだったかもしれませんが、私は、特に去年はブルに自信があったので、とにかくリズムよくブルを削っていけばいいって思っていました」

入れれば勝てる――。天才の哲学は実にシンプルだった。

「上手いのは当たり前」

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大城に「理想のダーツ」を訊ねると、すぐに答えが返ってきた。「面白いダーツ。見ている人が凄いと思ってくれるダーツがしたいとは思いますね。見ていて楽しい。投げてただ入れるだけじゃなくて、一つひとつのアクションだったり表情だったり。上手いのは、私は当たり前だと思っているので、プラスアルファがあれば面白いダーツに繋がるのかなと思っています」。

ファンに喜ばれるダーツ。大城には参戦2年目にして、すでにプロプレイヤーとしての自覚が生まれている。

理想のダーツについてすらすらと答えた大城にダーツの魅力を訊ねると、今度は頭を抱えてしまった。沢山ありすぎて、簡単には答えられない、と。

――好きなだけ挙げてみてください。

 問いを重ねると、饒舌になった。「そうですね、例えば、私は今年で26歳なんですけど、青春時代のように、勝負して悔しくて泣いたり、嬉しくて泣いたりって、ダーツをやってなかったらできないことだと思うんですが、それくらい一生懸命になれるところとか…」

目標は世界の頂

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2014年シーズンの大城は8月31日現在で年間総合ランク3位。優勝はまだ1回と出遅れているが、トップの松本伊代とのポイント差は僅か23。女子は混戦で連覇の射程圏内にいる。何より、大城の実力が本物であることを疑うものはいない。

ダーツで日本の女子は世界トップレベルを誇る。昨シーズンPERFECT全戦初参戦で頂点に上り詰めてしまった大城は、ここからどこに向かっていくのか。何を目標としているのか。単刀直入に訊いてみた。

――世界を舞台で戦ってみたいとか、世界の頂点を目指すという気持ちは?
 答えは明快だった。

「全く考えていないというと嘘になりますね。今の段階ではソフトもハードも世界を狙うという気持ちはそんなにないですけど、いずれは狙いたいと思っています。まだ世界で戦えるレベルではないと思うので、今は日本で常に勝てるようになることを目指しています。そして、そうなったら世界が見られるのかなと思うんです。あと5年ぐらいは、(結婚とか他のことは考えずに)ダーツに没頭したいので、5年後ぐらいに世界を獲れたら面白いですね。それが叶ったら、もうやることはないかなって思ってしまいますよね。そしたら結婚して引退かな、なんて思うこともあります」

世界一を獲るまでダーツに没頭。その後のことはそのときになってから考える――昨年、沖縄から羽ばたきPERFECTに舞い降りた妖精は、日本での戦いで力をつけ、世界の頂きに向かう。

(終わり)

次回予告
世界を震撼させた3・11。その日、津波に呑まれ死線を彷徨った彼女は心と体にあまりにも大きな傷を負った。が、ダーツが好きで好きで堪らない。PERFECTの不死鳥となってみせる。私は決して諦めない。夫の愛情に支えられ、復活の道を一歩一歩踏みしめる、その軌跡に迫る――。
Leg10 門川美穂「不死鳥になる」
どうぞお楽しみに!


次回は4月13日更新予定
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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。