COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg10 門川美穂(1)
鴛鴦夫婦
初めて彼と出会ったのはダーツバーだった。2007年、20歳の夏。友達に頼まれて一緒に東京・上野の「シャインズ」に行った。バーのスタッフの男の子に想いを寄せていた友達の付添いだった。
4年ぶりにバレルを握った。上手くいかない。忘れていた負けず嫌いに火が点き、毎日のように同じバーに通うようになった。
何日か後に彼と出会った。彼は黙々とボードに向かっていた。連れとの雑談の合間に時折見せる笑顔が眩しかった。昼は普通に働き、夜は別のダーツバーでアルバイトをしながら、ダーツのプロを目指している人だった。
恋と4年ぶりのダーツ
一緒に投げてもらった。楽しかった。ダーツが楽しかったのか、彼と一緒に投げたのが楽しかったのか分からない。ただ、ただ、楽しかった。
翌日も一緒に投げた。互いに魅かれ合うものを感じて、次の日もまた次の日も、毎日のように待ち合わせてダーツを投げに行くようになった。恋に落ちた。
出会って3カ月を迎える前に、一緒に住むことにした。デートはダーツ。寝ても覚めてもダーツ。翌年の春、彼はプロテストに合格し、晴れてプロソフトダーツプレイヤーとなった。そして秋。役所に婚姻を届けた。
後にPERFECTの鴛鴦夫婦としてファンやプロ仲間から愛されることになる、門川豪志、美穂夫妻の誕生である。
ーーどこが好きになったのですか?
2人に訊ねた。
【美穂】私のすること、したいことを理解してくれるところですかね。
【豪志】可愛いところです。
【美穂】嘘だね。
間髪を入れず、突込みが返ってきた。
2年ぶりの準決勝
2012年12月15日、千葉・幕張メッセ。ダーツファンの熱い視線が集まるPERFECTのシーズン最終戦(第17戦)準決勝の舞台に、門川美穂が立っていた。
2010年第10戦以来、約2年ぶりのベスト4。12年シーズンは前節まで16戦中決勝トーナメントに残れたのはわずかに6回。が、この日は違った。準々決勝では、シーズン途中の参戦ながら飛ぶ鳥を落とす勢いの今野明穂を倒していた。
この年、第12戦にPERFECTにデビューした今野は、初戦でベスト4に残ると、続く第13、14戦で連続準優勝。参戦4戦目の第15戦で初優勝を遂げ、早くも翌年の女王候補の一翼に名乗りを上げていた。その新星を倒しての準決勝進出だった。
2010年5月以来の決勝を目指して対戦したのは、前節第16戦終了時点で年間総合ランク4位の松本伊代。同じ2009年最終戦がPERFECTデビューの同期生はこの日、最終戦を待たずに年間女王4連覇を決めていた絶対女王・松本恵を1回戦で倒し、絶好調を維持していた。
準決勝第1レグは門川の先攻で熱戦の火蓋を切る。
2012 PERFECT【最終戦 千葉】
準決勝 第1レグ「701」
門川 美穂(先攻) | 松本 伊代(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
15 | B | 17 | 619 | 1R | 19 | B | B | 582 |
B | 20 | B | 510 | 2R | 2 | B | B | 480 |
B | 20 | B | 390 | 3R | 7 | 3 | 16 | 454 |
B | 19 | B | 271 | 4R | 19 | 11 | B | 374 |
B | B | B | 121 | 5R | B | 18 | 11 | 295 |
T20 | 14 | 15 | 32 | 6R | 4 | B | B | 191 |
16 | OB | OB | 16 | 7R | B | 5 | B | 86 |
8 | OB | D4 | 0 WIN |
8R | – | – | – | – |
第1Rは門川が1ブルの82P、松本は2ブルの119Pでスタート。第2Rは互いに2ブルで、序盤は松本が僅差でリードした。
第3R以降、安定したダーツでポイントを削っていく門川に対し、最終戦に年間3位のかかる松本のダーツは硬い。第3R、第4Rで2ブルの門川が第4Rを終え、TO GO 271対374と100Pの差をつけた。
勝負どころの第5Rで、門川は冷静にハットトリック。一方の松本はブルに合わず1ブルの79Pで差は広がる。
しかし、勝負は簡単には終わらない。TO GO 121で迎えた第6Rで、門川は1投目をT20に捻じ込み残り61。が、S11のアレンジに行った2投目は上のS14に。年間を通じて苦しんできた、ブル以外のターゲットが上か下に外れる悪癖が顔を出す。上がり目のなくなった門川は3投目をS15にアレンジし、松本にボードを譲った。
が、門川の第7Rにプレッシャーを与えるため、上がり目を残したかった松本の1投目はミスショットとなりS4。2、3投目はブルを決めるもTO GO 191で、門川に余裕を与え、第1レグの勝負は事実上決した。
残り32Pの門川は第7Rの1投目が16のシングルとなり、2、3投目はノーカウントのミス。残り16Pの第8R1投目も再びシングルとなりTO GO 8。2投目はアウトボード。周りをやきもきさせたものの、3投目はしっかりD4に突き刺し、先攻のレグをキープした。
12年シーズンを通してクリケットに苦しんできた門川にとって先攻の701は生命線。しかし、どうしてもキープしたかった第1レグを死守した門川に笑顔はない。一方、試合中に喜怒哀楽を見せることのない松本のポーカーフェイスの奥には、余裕が窺われた。そして第2レグ、クリケット。松本が驚異のダーツを見せる。
愛される天然素材
NTTが携帯電話サービスを開始した1987年。この年の1月6日に門川美穂は東京都板橋区で生まれた。バブル経済の足音が高鳴り始めていた時代だった。
――ご家族は?
【美穂】お父さん、お母さん、お姉ちゃん。
――お姉さんとはいくつ違いですか?
【美穂】4つ
【豪志】本当?
【美穂】美穂が中3のときにお姉ちゃんは高3でした。
――3つ違いですね。2人姉妹なんですね。
【美穂】下に妹と弟がいます。
正確には、美穂は早生まれで、姉とは生年では4つ、学年では3つ違いということだった。どちらでもよいことなのだが、門川夫妻の会話は、まるで漫才を聴いているように楽しい。
美穂は4人姉弟の二女に生まれ、高島平の団地で育った。両親は美穂が幼稚園に通っていた時に別れ、4人の姉弟は父に引き取られる。会社を経営する父は料理好きで、父母2役をこなして4人を育てた。伸びやかに育って大人になった美穂には、心の奥底は知らず、暗さの微塵も感じられない。
小学校中学年でバスケットボールを始め、都立高校を卒業するまで、青春はバスケット一色に染められた。「遊びは全部バスケットで、いつも暗くなるまで公園をランニングしてました」。中学では都大会に出場し、高校では主将を務めた。
――美穂さんがキャプテンで、大丈夫でしたか?
【豪志】ダメだと思います。
【美穂】バスケットは大丈夫ですけど、副キャプテンが(試合に行く)交通手段とか、難しいことは全部やってくれていました。
ダーツと「ツー君」がいつも一緒
初めてダーツを投げたのは高校1年生の秋。アルバイトをしていたカラオケ店の待合所にダーツマシーンが設置されたのがきっかけだった。
これまで取材してきたほぼすべての選手がそうであったように、美穂もまた生来の負けず嫌い。負けるのが嫌で、なぜ負けるのか分からないまま、とにかく、バイトが終わってから時間がある限り、毎日、ダーツを投げた。が、ダーツマシーンは数カ月で撤去され、美穂のダーツ熱も冷めた。
高校を卒業して3度目の夏。美穂はダーツと再会する。と同時に豪志と出会う。以来、「ツー君」と呼ぶ夫とダーツは、いつも美穂と一緒にいる。
(つづく)
- 【Leg15】大内麻由美 覚醒したハードの女王
- 大内麻由美(3)最初から上手かった
- 大内麻由美(2)父の背中
- 大内麻由美(1)「引退はしません。後は、年間総合優勝しかありません」
- 【特別編】2016 年間チャンピオン - インタビュー
- 大城明香利 初の3冠に輝いたPERFECTの至宝
- 浅田斉吾 年間11勝 ―― 歴史を変えた“ロボ”
- 【Leg14】知野真澄 みんなの知野君が王者になった。
- 知野真澄(6)「ちゃんと喜んでおけばよかったかな」
- 知野真澄(5)「絶対に消えない」
- 知野真澄(4)10代の「プロ」
- 知野真澄(3)「高校生なのに、上手いね」
- 知野真澄(2)お坊ちゃん
- 知野真澄(1)3冠王者誕生
- 【Leg13】今野明穂 うちなーになった風来女子、その男前ダーツ人生
- 今野明穂(6)お帰り
- 今野明穂(5)プロの自覚
- 今野明穂(4)どん底
- 今野明穂(3)ニンジン
- 今野明穂(2)沖縄に住みたい
- 今野明穂(1)今野 Who?
- 【Leg12】山田勇樹 PRIDE - そして王者は還る
- 山田勇樹(6)がんからのプレゼント
- 山田勇樹(5)…かもしれなかった
- 山田勇樹(4)決断と実行
- 山田勇樹(3)強運伝説
- 山田勇樹(2)「胃がんです」
- 山田勇樹(1)順風満帆
- 【Leg11】一宮弘人 この手に、全き矢術を
- 一宮弘人(5)ダーツを芸術に
- 一宮弘人(4)負けて泣く
- 一宮弘人(3)ダーツに賭けた破天荒人生
- 一宮弘人(2)「自由奔放に生きてやる」
- 一宮弘人(1)「いずれは年間王者になれると信じています」
- 【Leg10】門川美穂 不死鳥になる。
- 門川美穂(6)復活の時を信じて
- 門川美穂(5)帰って来た美穂
- 門川美穂(4)死の淵からの帰還
- 門川美穂(3)3.11――死線を彷徨った
- 門川美穂(2)PERFECTの新星
- 門川美穂(1)鴛鴦夫婦
- 【Leg9】大城明香利 沖縄から。- via PERFECT to the Top of the World
- 大城明香利(4)「5年後に世界を獲れたら面白いですね」
- 大城明香利(3)「ダーツにだったら自分のすべてを注げる」
- 大城明香利(2)勧学院の雀
- 大城明香利(1)決勝に進むのが怖くなった
- 【Leg8】谷内太郎 - The Long and Winding Road ― 這い上がるダンディ
- 谷内太郎(4)失われた4年。そして
- 谷内太郎(3)「竹山と闘いたい」
- 谷内太郎(2)「レストランバーの店長になっていた」
- 谷内太郎(1)「長かった」
- 【Leg7】樋口雄也 - 翼を広げたアヒルの子
- 樋口雄也(4)「ダーツは自分の一部です」
- 樋口雄也(3)テキーラが飛んでくる
- 樋口雄也(2)理論家の真骨頂
- 樋口雄也(1)悲願の初優勝
- 【Leg6】浅田斉吾 - 「浅田斉吾」という生き方
- 浅田斉吾(6)家族――妻と子
- 浅田斉吾(5)兄と弟
- 浅田斉吾(4)両刃の剣
- 浅田斉吾(3)「ラグビー選手のままダーツを持っちゃった感じです」
- 浅田斉吾(2)「最速は、僕です」
- 浅田斉吾(1)「今季の目標は圧勝です」
- 【Leg5】今瀧舞 - 熱く、激しく、狂おしく ~ダーツに恋した女
- 今瀧舞(6)「現役を引退しても、ずっとダーツと関わっていたいと思います」
- 今瀧舞(5)「ダーツがやりたくて、離婚してもらいました」
- 今瀧舞(4)涙の訳
- 今瀧舞(3)「神様は超えられる試練しか与えない」
- 今瀧舞(2)「観客席の空気を変えるダーツがしたい」
- 今瀧舞(1)「ダーツを始めてから、テレビはほとんど見ていません」
- 【Leg4】前嶋志郎 - ダーツバカ一代
- 前嶋志郎(3)「ダーツ3本持ったら、そんなこと関係ないやないか」
- 前嶋志郎(2)「ナックルさんと出会って、人のために何かがしたい、と思うようになりました」
- 前嶋志郎(1)「ダーツ界の溶接工」
- 【Leg3】浅野眞弥・ゆかり - D to P 受け継がれたフロンティアの血脈
- 浅野眞弥・ゆかり(4)生きる伝説
- 浅野眞弥・ゆかり(3)女子ダーツのトップランナー
- 浅野眞弥・ゆかり(2)「D-CROWN」を造った男
- 浅野眞弥・ゆかり(1)「PERFECTで優勝するのは、簡単ではないと感じました」
- 【Leg2】山本信博 - 職業 ダーツプレイヤー ~求道者の挑戦~
- 山本信博(6)「結局、練習しかないと思っているんです」
- 山本信博(5)「1勝もできなければ、プロは辞める」
- 山本信博(4)「ダーツはトップが近い、と思ったんです」
- 山本信博(3)「ぼくだけだと思うんですけど、劇的に上手くなったんですよ」
- 山本信博(2)「余計なことをあれこれ考えているときが、調子がいいんです」
- 山本信博(1)「プレッシャーはない。不振の原因は練習不足」
- 【Leg1】小野恵太 - 皇帝の背中を追う天才。
- 小野恵太(4)「星野さんを超えた? まったく、足元にも及びません」
- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。