COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2014年10月6日 更新(連載第43回)
Leg10
死線を彷徨ったあの日から3年余。復活へのアンダンテ
谷内太郎

Leg10 門川美穂(2)
PERFECTの新星

門川美穂のフォームは特異である。スローラインに立つとき、ほぼすべての選手はラインより前に肩を突出し、重心はライン側の足に乗っている。が、門川は違う。両足にほぼ均等に体重をかけ真っ直ぐに立つ。矢を放つときも同じ。膝もほとんど使っていない。棒立ちと言ってもいい姿勢で、上半身だけで投げる。

それが良いフォームであると思っている訳ではない。足に踏ん張りが利かず、今のところそのように投げるしか術がない。もちろん、そうなったのには訳がある。

鬼門のクリケット

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2012年シーズン最終戦準決勝。第1レグ・701は先攻の門川美穂がキープし、戦いは第2レグのクリケットに移った。そこで、松本伊代が驚異的なダーツを見せる。

第1Rで9マークを打って120Pを積むと、第2Rは6マーク。そして第3Rはホワイトホース。門川に何もさせないまま、僅か4Rで第2レグに決着をつけてしまった。

第3レグは門川先攻のクリケット。門川はクリケットが不得手だ。準決勝は5レグ制で、01だけで3レグを奪うのは難しい。だから、門川が勝ち抜けるには、先攻のクリケットをどうしてもキープしたい。ゲームは第3レグに山場を迎える。

ZOOM UP LEG

2012 PERFECT【最終戦 千葉】
準決勝 第3レグ「クリケット」

門川 美穂(先攻)   松本 伊代(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
S20 S20 S20 0 1R S19 × T19 19
S20 × × 20 2R S19 S19 T20 57
S18 S18 S18 20 3R × S18 S18 57
S18 T18 × 92 4R S19 S19 S18 95
S17 S17 S17 92 5R S17 S19 × 114
S17 T17 T17 211 6R S19 × × 133
× × S17 228 7R T19 T19 T17 247
× T16 S16 244 8R T16 × S19 266
T15 S15 × 259 9R T15 × S19 285
OBL × × 259 10R OBL OBL OBL 285
WIN
OB=アウトボード IBL=インブル OBL=アウトブル

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第2レグとは一転、第3レグは両者決め手を欠き、プッシュを重ねるシーソーゲームとなる。

先攻の門川の第1Rは3マーク。1投目をトリプルゾーンから大きく下に外したあと、2、3投目は僅かに上に逸れた。松本は4マーク。続く第2Rは門川1マークに対し、松本はシングル2本でプッシュのあと、3投目にトリプルで門川陣の20をカットし、序盤をリードした。

第3、4、5Rは門川が3、4、3マーク、松本は2、3、2マークで、第5Rを終えポイントは92対114、オープンしている陣地は門川17、松本19の一つずつと拮抗した。そして、第3レグは第6、第7Rで大きく動く。

第6R。門川は自陣17の7マークで一気に119ポイントを加点したのに対し、松本は19の1マーク。211対133でポイントオーバーで逆転した門川が大きくリードした。が、続く第7Rに落とし穴があった。

第7R。松本陣19のカットに行った門川の1投目は大きく下に外れS3ゾーンに入るミスショット。17をプッシュに行った2投目も大きく外しミス。3投目のプッシュもシングルとなり加点は17に終わる。差を詰めたい松本は1、2投目をT19に捩じ込みポイントオーバー、3投目はT17で門川陣をカット。9マークで形勢を一気に逆転した。

第8R。門川は4マークで16を獲得し、16ポイントを加点したが、松本はすぐにカットし、3投目に19ポイントを加点。僅かに差を広げた。第9Rも同じ展開。門川が4マークで15を獲得し15ポイントを加点すると、松本は1投目にカットし、3投目に19ポイントを加点した。

第9Rを終え、ポイントは259対285で26ポイント差。開いている陣地は松本の19のみ。松本優勢のまま第3レグはブル勝負の最終盤を迎える。

第10R。逆転のキープのためにはブルを獲得して加点し、松本のミスを待つしかない門川の1投目はシングルブル。2、3投目は痛恨のミス。松本がシングルブル3本でブルをオープンし、勝負は決した。

レグカウント1-2で後のなくなった門川は、第4レグの701で大崩れし完敗。2010年5月の福岡大会以来、自身2度目の決勝進出の夢は潰えた。

ツー君と投げたい

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2007年、20歳の夏。ダーツと再会し、門川豪志と出会った美穂は、以来、ダーツ漬けの毎日を送ることになる。デートというデートはすべてダーツ。付き合い始めてほどなく同じ居酒屋で働くようになった2人は、深夜仕事を終えてからダーツバーで朝までダーツ。休日はほぼ1日中ダーツという生活を続けた。

豪志は宮崎県都城の生まれで、美穂より8歳年上。美穂と同じで高校時代はバスケットに汗を流し、卒業後、役者を夢見て上京し、俳優養成所に通った。1998年のことだった。

ダーツを始めたのは2005年の秋。07年に日本初のプロソフトダーツトーナメントPERFECTが開幕すると、プロを夢見るようになった。「ダーツならいくつになっても続けられる」というのが理由だ。

美穂が豪志と出会ったのはその頃。最初は豪志が一緒に投げてくれていた。が、初心者の美穂とプロを目指す豪志では実力が違い過ぎて豪志の練習にならない。バーに行っても豪志は上手な人と投げるようになり、美穂は取り残された。

「毎日泣いてました」

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人見知りの美穂は知らない人とは投げない。だから、一人黙々とカウントアップで練習を重ねた。「ツー君と一緒に投げられるようになりたい」「ツー君に勝ちたい」の一心で、ひたすら投げた。

2008年4月、豪志がPERFECTのプロテストに合格し、近場のトーナメントに出場するようになった。美穂は留守番。悔しい。自分もツー君と同じ土俵でダーツがしたい、プロに成りたい、と思うようになった。

気持ちを伝えると、豪志の目の色が変わった。豪志は理論家の教え魔。美穂のコーチ役を引き受けると、水を得た魚のように夢中になった。

「ツー君に相手をしてもらえる」。嬉しかった。が、豪志は甘くなかった。「身近に自分より上手い人がいるのに、どうして自分からもっと、質問したり、教えてもらおうとしたりしないのか」。技術のことだけではなく、ダーツに取り組む姿勢についても、厳しく美穂を鍛えた。

理論家の豪志に対し、美穂は感性でダーツを投げる天才肌。が、その美穂に豪志は容赦なく、セットアップの位置や、手を出すタイミングなど、基礎的なことから辛抱強く理論を叩き込んだ。

美穂は毎晩のように泣いた。言われることができないのが悔しい。対応できないのが悔しい。それでも泣きながら投げた。ダーツバーのスタッフに、「今日はそのくらいにしといたら」と止められるくらい、豪志に厳しい助言を受けながら、涙を流しながら投げた。練習量では「誰にも負けないくらい」投げた。

突然、上手くなることはなかった。が、本格的に練習を始めたときには「初心者並」だった美穂は、一歩、また一歩という仕方で成長していく。そして、豪志に遅れること僅かに1年半でプロテストに合格し、2009年12月の09年シーズンのPERFECT最終戦でプロデビューを果たした。

「ツー君の奥さん」から「美穂ちゃんの旦那さん」へ

翌2010年シーズン。この年からPERFECTに全戦参戦した門川美穂は、周囲を驚愕させる快進撃を見せる。

開幕戦と第2戦は予選ロビン落ちだったものの、第3戦で初めて決勝トーナメントに勝ち進むと、第4戦の福岡大会で会心のダーツを披露し準優勝。第8戦から3戦連続で3位タイに入賞し、第9戦では決勝トーナメント1回戦で女王の松本恵を倒す大金星も上げた。

終わってみればフルシーズンを戦って年間総合ランク5位。初参戦でトップ5入りを果たした美穂は、一躍、次の女王候補に名前が上がるまでになった。

美穂の活躍は本人と豪志だけでなく、プロ仲間やPERFECT関係者、そしてダーツファンも驚かせた。人見知りの美穂は知らない人との対戦を嫌いそれまでほとんど大会に出たことがなかった。PERFECT参戦はぶっつけ本番のトーナメントデビューで、関係者の中に美穂を知っている人はほとんどいなかった。美穂はツアーに突然現れた彗星だった。

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美穂は言う。「それまでほとんとツー君としか投げたことがなかったので、同性の選手との対戦が楽しくて仕方なかったです。岩永美保ちゃんとか、女子でもこんなに上手い人がいるんだって。でも、プロになったからには絶対に負けたくないとも思いました。それまで試合をほとんどしたことがなかったので、こんなに緊張している自分がどこまでいけるか試したいっていう気持ちもありました」

美穂は新しい玩具を手にした子供のように、ゲームに無邪気に夢中になり、いつの間にかトップ選手の仲間入りを果たしてしまった。

2010年シーズンの美穂の活躍を振り返って、豪志は笑う。「最初は美穂が『ツー君の奥さん』だったのに、年間総合5位が決定した瞬間、ぼくが『美穂の旦那さん』になっていました」

わくわくして迎えた2011年

鮮烈なPERFECTデビューを飾った美穂は、2年目のシーズンをわくわくする気持ちで迎えた。自分はどこまでいけるのか、楽しみで仕方なかった。

2月に開幕した2011年シーズンは、決勝トーナメント2回戦で敗退のベスト16でスタート。そして3月。第2戦の仙台大会でのリベンジを期して、大会前日に夫妻は自家用車で出発する。

3月11日のことだった。

(つづく)


次回は4月13日更新予定
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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。