COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg11 一宮弘人(3)
ダーツに賭けた破天荒人生
一宮弘人は首と腰に爆弾を抱えてツアーを戦っている。どちらも椎間板ヘルニア。疲れが溜まると、首と腰が痛み痺れる。ここ一番での集中力が何より重要なダーツ競技には致命傷だ。
腰は野球に没頭していた高校時代、首は布団販売のトップセールスマンだった20代に、歩き過ぎて痛めた。どちらも勲章だが、午前から始まる予選ロビン、午後の決勝トーナメントと、長時間を戦うPERFECTの試合では、時限爆弾となってしまう。
初の決勝
14年3月、北九州で開催されたPERFECT第2戦で、一宮弘人はついに決勝の舞台に立った。「行ってみたいと言うより、いつかは行く時が来るはず」と思っていた舞台だったが、進出が決まった瞬間は、喜びが爆発した。口を衝いて出たのは「決勝行っちゃったよ、どうする」という言葉だった。
決勝に進んだからには優勝したい、というよりは、その場に行けるという高揚感の方が強かった。それほど、待ち焦がれた場所だった。
対するは年間王者2連覇の山田勇樹。初優勝をつかむには願ってもない相手だった。ランキングでは足元にも及ばないが、決勝トーナメントではそれまで1勝2敗。勝てない相手ではない。自信を持って臨んだが、初めての決勝の場は「異次元」の空間だった。
「体が変わった」
決勝の第1セット第1レグは山田の先攻で始まる。第4Rを終え、カウントはTo Go 山田91対一宮97。第5Rは両者とももたつき、残りは山田の10に対し、一宮は40。勝負あったかに見えたが、第6Rで山田がまさかのミスを連発。1投目をダブル20に沈めた一宮がファーストレグをブレイクした。
勢いに乗る一宮は第2レグのクリケットをキープし、山田先攻の第1セットをブレイク。第2セットは一宮の先攻で3レグのうち2レグを獲れば勝利を手繰り寄せることができる。尻尾を掴んだ、と思った。
が、落とし穴があった。第1セットをブレイクして、「勝ちたい」から「勝てる」に状況が変わり、初優勝の三文字が目の前にちらついた第2セットで、体が変わった。
第2セット第1レグの何投目だったかは覚えていない。が、突然、自分が硬くなっていることに気付いた。長いダーツ人生の中で、それまで経験のないことだった。同時に、極度の緊張の中で時限爆弾が爆発した。首と腰に痺れが出た。一宮は落ち着きを失う。
第1Rで一宮は3本ともシングル20。山田にTon80を打たれ、僅か1Rで先攻の優位を失い、そのままブレイクを許した。続く第2レグはミスが目立った山田につけ入り、9マークを2度打ってブレイクバックに成功。キープすれば初優勝が決まる先攻の501を迎えた。
2014 PERFECT【第2戦 北九州】
決勝 第2セット 第3レグ「501」
一宮 弘人(先攻) | 山田 勇樹(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
S20 | T20 | S20 | 401 | 1R | S20 | S20 | T20 | 401 |
S20 | S5 | S20 | 356 | 2R | T5 | T20 | T20 | 266 |
T20 | S20 | S20 | 256 | 3R | T5 | S20 | T20 | 171 |
S5 | S20 | T20 | 171 | 4R | S20 | S5 | T20 | 86 |
T20 | S20 | S17 | 74 | 5R | T18 | D16 | – | 0 WIN |
先攻の一宮は100Pを削ってスタート。山田も100Pで滑り出した。続く第2R。一宮は45Pしか削れず、あまりにも痛いラウンドとなる。つけ入りたい山田はT20を2本決め90P近く差が開いた。
第3Rは一宮100Pに対し山田95Pで膠着。第4Rでも、セットアップが定まらない一宮は85Pを削るのが精一杯。To go 171で次のラウンドでは上がれない数字を残した。山田は堅実に100Pを削り、残り86Pでブレイクバックに大手をかけた。
第5R。一宮は1投目をT20に沈めるも、2投目はシングルとなり、74Pを残してワンチャンスを待つ。が、山田はT18、D16の2投で決着をつけ、第2セットをブレイク。セットカウントは1-1のタイとなった。
第1セットをブレイクしながら、第2セットを失った一宮の挑戦はここまで。第3セットで勝利を掴む余力はなく、山田に2レグ連取を許し、一時は目の前にぶら下がっていた初優勝の夢は潰えた。
42歳の一宮にとって初の準優勝の喜びと、初優勝を逃した悔しさ。どちらが大きかったのか。
「同じです。喜びが100パーセント、悔しさも100パーセントでした」
それは、時間が経ってからも変わらない。
狙って入れるダーツに衝撃
一宮が初めてダーツに触れたのは28歳の冬だった。他のトッププレイヤーと比して、かなり遅い出会いだったと言える。しかも、やはり遅いスタートだった山本信博を含め、ほとんどのトッププレイヤーが、すぐにダーツに憑りつかれているのとは対照的に、一宮がダーツにのめり込むのは、そのずっと後だった。
28歳の冬。当時の一宮は丸八真綿のトップセールスマンで、仕事を終えると部下と、近くのバーで飲むのが日課だった。行きつけの店の2号店が開店し、そこにソフトのマシーンがあったのがダーツとの出会いだ。「とにかく、お酒を飲んでみなと遊ぶのが楽しかった」。が、それ以上でもそれ以下でもなかった。
2003年、一宮32歳の年だった。会社から八王子に一宮をトップとする営業所開設の話をもらった。軌道に乗せたら子会社の「一宮丸八」として独立させるという約束だった。部下を20数名引き連れて、一宮は八王子の人となった。
駅の近くにオープンしたてのダーツバーがあった。通うようになった。それまで、「ダーツが置いてあるバー」で遊んでいた一宮は、そこで衝撃を受けた。酒食よりダーツが主の「ダーツバー」で遊ぶ客はレベルが違った。
自分のダーツは入ればラッキーと喜ぶレベル。が、そこの客は狙って投げてターゲットに入れている。それまでほとんど聞いたことがなかったハットトリックやTON80を知らせる効果音が、頻繁に響き渡っている――。
負けず嫌いに火が点いた。そこは他のトッププレイヤーと同じだ。店長に訊いた。「僕も練習したら上手くなれますか?」
「本気で、真剣にやってくれるならなれます。少なくとも1年間は毎日通ってください」
店長の言葉で、ダーツに嵌った。
年収1000万円を捨てる
その日から1年半、1日も休まずそのダーツバーに通った。毎日、朝方まで投げた。それだけではない。昼間も投げた。一宮は1匹狼のセールスマンから、20数名の所帯のトップとなっていた。朝、社員が営業に出かけた後、何をしようが咎める者はいない。足は近場のダーツが打てる場所に向いた。起きている間はほとんどダーツを投げ続けた。
バーの店長が言った通り、ダーツは上手くなった。が、失うものもあった。他者の目からは遊行にしか見えないダーツに、トップが明け暮れているような営業所が上手くいくほど、甘い世界ではない。営業所開設2年後に、一宮は本部に異動を命じられる。言うまでもなく、独立の話は立ち消えになった。
本部で命じられたのは法人の営業。ホテルや旅館に布団を売る仕事だった。会社はトップセールスマンの手腕に期待を寄せた。が、一宮は裏切る。外回りの日中、営業はそっちのけでダーツを投げた。それでも、会社は一宮を見捨てなかった。復活を信じ、次々と別の仕事を与えた。が、ダーツに憑りつかれてしまった一宮は、裏切り続けた。
そして、2006年秋、一宮はついに会社を去る。土日は営業の書き入れ時。日中はさぼっていても、さすがに土日に休むことはできない。が、どうしても、ダーツの大会に出たい。それが、年収1000万円の仕事を辞した理由だった。
このとき、一宮35歳。妻に子供が二人。「濱大将」の愛称で愛される一宮弘人の、ダーツに賭けた人生の始まりだった。
(つづく)
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- 樋口雄也(1)悲願の初優勝
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- 浅田斉吾(5)兄と弟
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- 浅田斉吾(2)「最速は、僕です」
- 浅田斉吾(1)「今季の目標は圧勝です」
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- 今瀧舞(6)「現役を引退しても、ずっとダーツと関わっていたいと思います」
- 今瀧舞(5)「ダーツがやりたくて、離婚してもらいました」
- 今瀧舞(4)涙の訳
- 今瀧舞(3)「神様は超えられる試練しか与えない」
- 今瀧舞(2)「観客席の空気を変えるダーツがしたい」
- 今瀧舞(1)「ダーツを始めてから、テレビはほとんど見ていません」
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- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。