COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg11 一宮弘人(4)
負けて泣く
東急田園都市線青葉台駅から歩いて3分。厚木街道に面した雑居ビルの1階に、ダーツバー「花鳥風月 YOKOHAMA」はある。扉を開くと、手前に長めのバーカウンターと、ボックス席。奥にはダーツマシーンが2台。バースペースとダーツ場の棲み分けができていて、「お酒はゆったり」「ダーツはがっつり」楽しめる空間が広がる。
ここがプロダーツプレイヤー一宮弘人のホームショップ。一宮は店のオーナーでもある。年中無休でオープンは午後7時。試合のない日は、ここで朝まで過ごす。接客のダーツも練習のうち。一宮は毎夜、ときにはお客さんよりも「がっつり」、ここでダーツを投げる。
ダーツで飯を喰う
2006年秋、大学卒業後10数年勤めた丸八真綿を退社した。「ダーツの試合に出たくて会社を辞めた」のだったが、なぜそんな大胆なことが出来たのか、「今振り返ると、わからない」。毎日ダーツをして、それで食べていくことしか考えられなかった。有名になればスポンサーもついてなんとかなる、と思っていた。幼子を2人抱える妻とは、「とにかく、毎月お給料がもらえる仕事に就く」ことだけ約束した。
数カ月後、ダーツ機器やカラオケ機器を販売・リースする「ダイス」に、ダーツプレイヤーとして就職した。会社が運営するカラオケやダーツを置いた店で、客とダーツを打つのが仕事。公には賞金を稼げるトーナメントがまだなかった時代に、一宮はダーツのプロになった。給料は月給制。家族4人、なんとか食べてはいける。妻との約束も果たした。
このままではカラオケ店に勤める人
一宮のプロダーツプレイヤーとしてのスタートは、しかし、順風満帆ではなかった。就職当初こそ、各地のトーナメントに参戦。遠征費や参加費は会社が負担してくれた。が、会社の経営が芳しくなくなるにつれ、試合に出場する機会は減り、一宮は店に飼い殺しの状態になっていく。07年にスタートした国内初のプロトーナメントPERFECTにも参戦できなかった。
「これではダーツのプロではなく、カラオケ店に勤めている人で終わってしまう」。危機感を募らせた一宮は、社長と相談し独立を決意する。店長を務めていた青葉台の店を譲り受け、一国一城の主となった。それが、現在の「花鳥風月」である。独立資金は、プレイヤーとしての一宮に期待を寄せる知人から支援を受けた。末の子が生まれ、家族は5人に増えていた。
PERFECTのレベルに衝撃
独立と前後し、一宮は台湾や香港などに遠征し、海外武者修行を続けていた。が、国内の試合に出られなかった数年の間に、日本のダーツ界は、想像以上にレベルアップしていた。
2011年秋、PERFECTに初参戦した一宮は衝撃を受ける。小野恵太ら、数年前まで「負けることはまずない」と思っていた若手に歯が立たない。
しかし、一宮は怯まなかった。負けるのは、試合から遠ざかっていたから。その差を一気に縮めなければ、「ただのオッサン」になってしまう。一宮はこの年、国内に留まらず香港や台湾のトーナメントにも出場し、短期間で多くの試合を経験。そして、翌12年から、PERFECTに本格参戦した。
「修行僧になりたい」
一宮弘人はダーツにストイックである。口癖は「修行僧のようになりたい」。つまり、生活のすべてをダーツに捧げ、その道を究めたい、ということだ。
一宮は言う。「毎日勉強なんです。いつもやれる事が違うから、毎日やっている事は違うんです。だからこそ面白いんです。15年間、ずっとそうだったから、今日できたことが、明日もできるとは思ってないです。だからこそ、今日できたことが明日もできるようになれるよう、究めたいんです」
2014年シーズンの戦いに、ダーツの修行僧になりたいと言う一宮を象徴するような場面があった。8月の第10戦横浜大会。決勝トーナメント3回戦で山本信博とフルレグを戦った一宮は、敗戦の後、人目を憚らず涙を見せる。いったい、何があったのか。
2014 PERFECT【第10戦 横浜】
決勝トーナメント3回戦
Leg 1 | Leg 2 | Leg 3 | Leg 4 | Leg 5 | |
501 | CRI | CRI | 501 | CRI | |
山本 信博 | × | × | ○ KEEP |
○ BRAKE |
○ KEEP |
一宮 弘人 | ○ BRAKE |
○ KEEP |
× | × | × |
試合は5レグマッチ。第1レグは山本先攻の501を一宮が4Rでブレイク。第3RはTON80、第4Rは残り141の難しいカウントを、T20、T19、D20で取り切り、ブレイクを捥ぎ取った。一宮は第2レグの先攻のクリケットをキープ。レグカウントを2-0とし、王手をかける。が、ここから、一宮は“精密機械”と称される山本の反撃に合う。
第3レグクリケット。先攻の山本は第1Rで20の9マークを打つと、第2、第3Rは連続で7マーク。一宮を寄せ付けず、わずか4Rでレグをキープする。
第4レグは先攻が圧倒的に有利な501。序盤は五分の展開だったが、第3Rで、先攻の一宮は41Pしか削れず、140Pを削った山本に80P以上のリードを許した。第4Rは139Pを削り、TO GO 140としてキープに望みを繋いだ。が、第5Rはわずか38Pの痛恨のラウンドとなり、山本にブレイクを許した。
最終第5レグ。コークに敗れた一宮がチョイスしたクリケットは、両者譲らぬ白熱戦となる。第4Rで9マークを打った後攻の一宮が、300-324でポイントオーバー。陣地では18を保持し、山本が唯一獲得していた20をクローズして、戦況優位に立った。
迎えた第5R。山本は9マークを打ち返してポイントで逆転、16を獲得し一宮陣の18をカットした。戦況は一気に勝負所に入ったが、そこで、一宮は痛恨の2マーク。勝負は決した。
山本との対戦は決勝トーナメント序盤の3回戦。決勝だからより悔しい、1回戦負けはそうでもない、ということではないのかもしれない。が、それにしても、なぜ、試合後、一宮はなぜ落涙したのか。その真相はどこにあったのか?
(つづく)
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- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。