COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg12 山田勇樹(6)
がんからのプレゼント
山田勇樹の“強運”ぶりを紹介した連載第3回を書き終えたとき、山田から連絡がきた。「火事の話も書いてください」
中学3年の春、4月29日みどりの日。山田の家は失火で全焼している。家は3階建て。山田の部屋は3階。火は2階の仏間から出た。このとき、両親は理髪店で仕事中で、山田は一人家にいた。普段なら、風呂に入り3階の自室で寛いでる時間だったが、この日は、ことのほか疲れていて、風呂には入らず1階でぐずぐずしていた。
出火に気付いた山田少年は、家を飛び出して難を逃れた。もし、いつもの通り3階にいたら、自分はそのとき死んでいたと、山田は言う。その思いは確信に近い。自分は強運であるーー。
信じる力
一般に、がんは、たとえ初期であったとしても、外科的手術をすれば完治という訳ではない。術後、5年間は再発や転移のおそれがあり、定期的な検査を受けることになる。
訊ね難いことではあったが、その点を、つまり、再発や転移に対する慄きについて、山田に訊ねた。
「自分では完治したと思っています。心配もしていません。もし再発したら自分でも驚くと思います。そのくらい、忘れていますから」
山田はきっぱりと言った。
この人は、自分の強運を信じているのだ、と思った。自分にそう言い聞かせているのかもしれない、とも。山田が自分の強運伝説に拘るのも、その現れなのかもしれない、と。
連載の4回目に、決断と実行、そして強運が、山田の肝だと書いた。ここに「信じる力」も加えておきたい。誰も受からないと予想した高校受験のときも、無謀と思われた大学受験のときも、山田は未来を信じて突進し、目標を遂げてきた。今も、それは変わらない。
熊本高校の誇り
さらにもう一つ、山田という人には顕著な特質がある。飽くなき上昇志向がそれである。もちろん、悪い意味ではない。山田は、どんな状況にあっても、その中で成長し、大きくなっていくことに強い意志を持っている。
美容学校に通っていた時は、東京の有名店に就職することを強く希望していた。フェリックスに入社してからは、社内で出世の階段を昇っていくことに血眼になっていた。プロになってからは、常に頂上を目指してきた。
なぜ、そこまで上に行くことに拘るのか。訊ねると答えは明快だった。
「胸を張って、高校の同窓会に行くためです」
山田は熊本県で一番の熊本高校を卒業している。同級生には一流企業の社員や、医師や弁護士の専門職、県庁や市役所の役人など、社会の第一線で生きる人々がいる。その人たちと会って恥ずかしくない生き方がしたい、と山田は言う。
熊本高校の卒業生であることの誇りが、上昇志向の原動力となっている。中学3年の秋、「絶対に無理」という教師の助言に耳をかさず、死にもの狂いで勉強して熊本高校に合格したことは、その後の山田の人生にとって、大きな意味を持つことになった。
では、どのような生き方が、社会のエリートたちに対して恥ずかしくない生き方なのか――。こちらの問いに対しても、答えは明快だった。
「どこで働いているとか、何をしているとか、年収がいくらだとか、そういうことはどうでもいいんです。たとえ、コンビニのアルバイトでも、それを嫌々やっているのではなくて、その中で、例えば店長になるとか、オーナーになるとか、はっきりとした目標を持って、真面目に一生懸命働いていれば、自分は胸を張って同窓会に行くことができます」
答えを聞いて、私は山田という人がとても好きになった。
イベントは使命
個性溢れる選手が集うPERFECTの中にあって、山田はプロのお手本のような選手である。試合に負けて、気持ちが苛立っているときでも、カメラを向けられると、嫌な顔を見せず、取材に応じる。ファンからのサインや握手、記念撮影の依頼を断ることはない。「イベントは使命」と心得、どのようなオファーであっても、基本的には快諾し、月10回程度のイベントをこなす。PERFECTのツアーや他のトーナメントを戦いながらのスケジュールはかなり過酷だ。なぜか。山田は言う。
「PERFECTとダーツの裾野を広げるためです。仕事としてダーツをやらせていただいているので、PERFECTをもっと有名にしなければならないと思っています。僕がたくさんのイベントに呼ばれることで、下の選手も1位になればあんなに仕事が増えるのだ、頑張ろうと思うと思います」
――PERFECTに望むことはありますか?
「若い選手に出てきてほしいと思います。20歳前後のスタープレイヤーです。そういう若手が出てこないと、PERFECTの未来はないと思います。そういう選手が出てくることで、PERFECTの世界は広がっていくし、プロを目指す人も増えると思います。僕らの世代では無理でも、若いスタープレイヤーの時代には、1億円プレイヤーが日本でも出て欲しいと思います。そして、その若手の壁になりたいですね」
PERFECTの未来を語る山田の語気に熱が帯びる。語る山田には、王者の風格が漂い、話の端々にプライドが滲み出ている。
「世界の賞金王になる」
がんから生還し、年間王者への闘志を取り戻して戦いの場に復帰した2014年シーズン、山田は年間総合成績4位の表彰の場で感涙した。迎えた15年。山田は王者奪還を誓い、年間王者3度のプライドをかけて、開幕から激しい戦いを続けている。
5戦を終えて総合ランキング2位。1位の浅田斉吾とのポイント差は僅かに10ポイント。山田と34ポイント差で、昨年の覇者、知野真澄が3位にいる。2015年シーズンは三つ巴の様相を呈している。
が、山田のプライドは、遥か遠くを見据えている。目指すのは、日本の王者ではなく、世界の頂上。それも、プロにとって最高の勲章である賞金王だ。
「ダーツの本場のイギリスで、スポット参戦などではなく、ツアーに参加し、世界で最も権威のあるPDCチャンピオンシップの常連となって、いずれは優勝したい。そして、イギリスで賞金王を取りたいと思っています」
2014年春。山田は退院するとすぐにハードダーツの練習を始めている。イギリスではハードが主流で、PDCももちろんハードの大会である。
人間、明日には何があるかわからない。やりたいと思ったことは、すぐに始める――。がんを体験した山田が得た教訓である。世界への挑戦は、山田を一度は奈落の底に突き落としたがんからの、プレゼントだった。
(終わり)
その天賦の才で一躍PERFECTのスターに駆け上った彼女が初めて抱く挫折と苦悩、そして目標。あしたはあたしの風が吹く!
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- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
- 小野恵太(2)「こんなに悔しい思いをするんなら、もっと上手くなりたいと思ったんです」
- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。