COUNT UP!
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
Leg13 今野明穂(2)
沖縄に住みたい
連載第1回でも触れたが、今野明穂のデビューは衝撃だった。世界でもトップレベルと言われる日本の女子の、最高峰のプロトーナメントPERFECTに、初参戦でベスト4。その後、2戦連続で準優勝し、参戦4戦目で、いとも容易く初優勝をさらってしまった。
PERFECT参戦前に、トーナメント個人戦の出場経験はなく、全くの無名。誰もが、今野っていったい何者?――と、思った。
笑顔の初優勝
初優勝にはドラマがある、のが普通だ。準決勝、決勝には、それぞれ想像を絶する壁があり、多くの選手がその壁に何度も跳ね返され、涙を呑んでいる。今野と今季開幕の決勝を戦った長木真由美もその一人。決勝は7度目だった。今野の最大のライバル、大城明香利も同じ。本格参戦の2013年季には決勝で3度も涙を流し、「もう決勝には出たくない」とすら思った。が、今野のそれには、あまりドラマはない。
強すぎて嫌われるのはプレイヤーの勲章。だから、さぞや今野は嫌われていることだろう、と思ったが、そうでもない。さっぱりとして表裏のない性格で、ツアー仲間からとても愛されている。美人なのに、男性より女性ファンが多い。
初優勝は2012年シーズン第15戦の熊本。対戦相手は木原奈美。当時の今野は、今、自ら振り返っても「なんであんなに入るの? 教えてほしい」と思うほど、無敵だった。
決勝の第1レグは木原先攻の701。今野は第2Rから3R連続でハットトリックを打つ盤石の安定感で、6Rでファーストレグをブレイクすると、第2レグのクリケットもあっさりキープ。第3レグは木原にキープを許したものの、初優勝に大手をかけて第4レグ、先攻の701を迎える。
2012 PERFECT【第15戦 熊本】
決勝戦 第4レグ「701」
今野 明穂(先攻) | 木原 奈実(後攻) | |||||||
1st | 2nd | 3rd | to go | 1st | 2nd | 3rd | to go | |
B | B | 10 | 591 | 1R | B | B | 6 | 593 |
B | B | B | 441 | 2R | B | 19 | 15 | 509 |
1 | B | B | 340 | 3R | B | 7 | 14 | 438 |
B | B | 20T | 180 | 4R | 19 | B | 19 | 350 |
20 | B | B | 60 | 5R | B | 3 | B | 247 |
20 | × | 20D | 0 WIN |
6R | – | – | – | – |
第1Rの今野は3本目にブルを外すもロートン。木原もロートンで食らいつく。が、勝負になったのはここまでだった。
第2R。今野は決勝で4つ目のハットトリック。が、打ち終わっても表情一つ変えない。他方、木原は2、3本目がブルから外れ、ポイント差が広がった。第3Rでも差はさらに広がる。ロートンの今野に対し、ブル1本で木原が削ったのは71P。9本ずつダーツを投げて100P以上の差がついた。
第4R。1、2投目をブルに沈めると、圧倒的リードの展開の残り240Pの場面で、3投目はT20にトライ。見事に捩じ込み、to go 180とする。「上がり目があったら、必ずトライする」のが、今野の決め事だ。圧倒された木原は第4Rもブル1本。勝負の行方は誰の目にも明らかとなった。
第5R。TON180でのフィニッシュを狙った今野だったが、1本目はシングルに。第2、3投をきっちりブルに沈めると、残り60Pの第6Rは、1本目はシングル10ではなくシングル20にアレンジし、3投目のD20で初優勝を手にした。
初優勝の今野に涙はなかった。優勝インタビューでも、「本当にうれしいです」と笑顔で答えている。ユニフォームは黒一色。スポンサーのワッペンは一つもない。続いて出てきたのは、「沖縄に優勝を持って帰りたかった」という言の葉だった。
「何をやっても続かない子」
声に出せば4文字の「沖縄」を、今野明穂はよく口にする。だから、当然、うちなー(沖縄出身者)だと思う人は多いが、そうではない。宮城県生まれの横浜育ち。今野はばりばりの浜っ子だ。今野は、どのようにして沖縄にたどり着いたのだろうか。
若い身空で独身女性が沖縄に移住といえば、男を追ったか、それともダイビングが好きかと、相場は決まっている。が、今野はそのどちらでもなかった。
1986年3月7日、父母の故郷に近い宮城県名取市で今野は生を受けた。父は会社員、母は主婦。3つ上の兄がいる。父の転勤で、一家は末娘の物心がつく前に横浜に転居し、今野はそこでのびのびと育った。
子供の頃の自分を評して、「何をやっても続かない子だった」と、今野は笑う。通知表にはいつも、「落ち着きがない」と記されていた。「明るい」とも。
小学校のときは、科学研究部に1年、陸上部にも1年。中学校ではバドミントン部が3カ月、漫画研究部が2カ月。そのあとは、「帰宅部」を作ってもらった。勉強もからきしで、高校は「お金を払えば入れる学校」に入学した。つまり、何かに一生懸命に打ち込んだことは、一度もなかった。
高校時代は、ひたすらバイト。お金と遊びが大好きで、居酒屋とラーメン屋の掛け持ちで2カ月働いて、1カ月遊びまわるというルーティーンを3年間繰り返した。初めてボードの前に立ったのは、バイト先の居酒屋の隣のダーツバーだった。が、虜になった訳ではない。たまに、遊んだ程度だった。
卒業のために、老人ホームに就職
2004年4月、今野は老人ホームに就職した。介護が仕事。高校3年生のとき、先生に「大学に行きたい」と言うと、「行けるかあほ」といなされた。ばかりか、「卒業も危ない」と。
なんとか卒業させて、と訴えると、先生は就職の口を見つけてきてくれた。就職が決まった生徒を留年させると、学校の信用が落ちるから、絶対に卒業させてもらえる。
紹介されたのは美容院と老人ホームだった。美容院は、働きながら通う美容学校の授業料が給料から引かれると聞き断った。
老人ホームには2年半勤め、腰を痛めて退職。アルバイト生活を始めた。パチンコ屋と高校時代にバイトしていた居酒屋の掛け持ち。ダーツに嵌ったのはその時だ。1日4、5時間、ひたすらカウントアップを投げるようになった。
「ダーツバーで投げてたお客さんたちが神様に見えるぐらい上手くて、今思ったらそうでもないんですけど、いいな、って思ったんですかね」
自分のことなのに、なぜ、そこまで魅せられたのかはよくわからない。秋に初めて大会に出た。ダーツをやっている人がこんなに沢山いるのか。びっくりした。チームは予選ロビン落ち。悔しい。ダーツ熱に油が注がれた。
うちなーの笑顔と温もりに惚れて
時計の針を秋から夏に戻す。2006年の夏、老人ホームを退職した今野は、友達と沖縄を旅した。2度目の沖縄で、本格的にダーツを始めたばかりだった今野は、ダーツバー巡りをする。そこで知り合ったバーのオーナーやスタッフがとても良くしてくれた。観光に来た時とは違い、沖縄の人々と親しく交わり、その笑顔と温もりに惚れた。
こんなところに、住んでみたい。猛烈に思った訳ではない。なんとなく、思っただけだった。
が、その年に起こった出来事が、20歳の今野の背中を押す。
2006年の冬、高校の時から付き合っていたボーイフレンドと別れた。「腐れ縁みたいな感じだったので、わー、みたいな感じ」になった。同じころ、バイト先だったパチンコ店が閉店した。
彼氏と働き口を一度になくした今野は、ふと思う。彼氏も仕事も、これから一から探すんだったら、沖縄に行ってみようかな。人生一度だし、今しかそんなことできないし、嫌になったら帰ってくればいいんだし…
「乗りで行っちゃった感じですかね」
2007年3月。今野は沖縄に飛ぶ。
(つづく)
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- 浅田斉吾(2)「最速は、僕です」
- 浅田斉吾(1)「今季の目標は圧勝です」
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- 今瀧舞(6)「現役を引退しても、ずっとダーツと関わっていたいと思います」
- 今瀧舞(5)「ダーツがやりたくて、離婚してもらいました」
- 今瀧舞(4)涙の訳
- 今瀧舞(3)「神様は超えられる試練しか与えない」
- 今瀧舞(2)「観客席の空気を変えるダーツがしたい」
- 今瀧舞(1)「ダーツを始めてから、テレビはほとんど見ていません」
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- 小野恵太(3)「プロなんて考えたことありませんでした。運がよかったんです」
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- 小野恵太(1)「試合に負けて、あんなに泣いたのは、初めてでした」
○ライター紹介
岩本 宣明(いわもと のあ)
1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。
京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。
著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。