COUNT UP!

COUNT UP! ―― PERFECTに挑む、プロダーツプレイヤー列伝。
―― PERFECTに参戦するプロダーツプレーヤーは約1,700人。
彼ら彼女らは、何を求め、何を夢み、何を犠牲に戦いの場に臨んでいるのか。実力者、ソフトダーツの草創期を支えたベテラン、気鋭の新人・・・。ダーツを仕事にしたプロフェッショナルたちの、技術と人間像を追う。
2015年8月24日 更新(連載第64回)
Leg13
風に吹かれて歩き続ける 行き先はわからない ただ自分らしく生きていく
今野明穂

Leg13 今野明穂(6)
お帰り

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今野明穂は勝負師である。賭け事が好きだという意味では勿論ない。勝負の世界に生きる人の強さと弱さを併せ持った人だ、という意味だ。

験担ぎは有名だ。試合の時には、友人やファンからもらったお守りを、いくつも身につけている。PERFECTで初優勝した時の髪型はしばらく変えなかった。靴下も下着も、初優勝のときと同じもので試合に出ていた。とんかつを食べて初優勝したから、その後当分の間、試合前には「もう食べたくないよ」と言いながら、とんかつを食べた。

試合の日のルーティーンも守っている。前日ホテル入りする時間から、就寝時間、起床時間、聴く音楽…。今野は笑いながら話してくれたのだが、笑顔に隠された、勝負の世界で生きる人の、ひりひりとした心持ちに、私は改めて、誰も助けてくれる人のいない勝負師の厳しさを想った。

今野明穂は美人である。人気商売なのだから、美人で損はない。さぞかし、男性ファンが多いのだろうと想像していたが、意外にも、同じくらい女性ファンも多いのだと言う。そして、熱狂的だ。今野人気は、人気絶頂だった頃の女子プロレスのそれに似ている。心のうちに困難を抱いた女の子が、今野に憧れる。男前である。

今野は泣かない。優勝の瞬間、万感迫って頬を濡らす選手が多い中、今野はPERFECTの大会で、涙を見せたことが一度もない。

号泣

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2014年7月、今野は韓国で開催された、世界のフェニックスグループのトーナメント「サマーフェスティバル」に出場した。日本代表は、今野の他、松本恵、大城明香利の3人だった。

この時の今野は、1年以上優勝に見放され、不調のどん底。14年シーズンも、松本と大城が激しい年間女王争いを演じる中、優勝はおろか、ベスト4にさえ、一度も勝ち残れていなかった。

大会自体は、出場選手が10人前後の、トーナメントというよりは、イベント色が強い大会だった。が、今野は真剣だった。世界大会とはいえ、レベルは日本が断然上。事実上、日本代表の3人が優勝を争う大会だったからだ。この大会で、今野は1年2カ月ぶりの美酒に酔う。決勝は、準決勝で松本を退けた大城との対戦だった。

優勝が決まると、今野の瞳に涙が浮かぶ。松本が駆け寄り、肩を抱く。そして、声をかける
「お帰り」

 その瞬間だった。今野は大きな声を上げ、その場に泣き崩れた。今野が泣いた――、その場にいた関係者の誰もが驚いた。そしてもらい泣きし、泣き笑いしながら、その光景を写真に収めた。誰もが、苦しみ抜いた今野の1年間を知っていた。

復活

帰国後、最初のPERFECTの大会は、7月27日に広島で開催された。韓国の優勝で、「長いトンネルの中に、ちょっと光が差してきた」と言う今野は、決勝トーナメントを順調に勝ち上がり、8か月ぶりに決勝に駒を進める。対するは松本恵。この日、激しい女王争いを繰り広げる大城を準々決勝で倒していた。

久しぶりの大舞台に硬さが出たのか、今野はコークを大きく外し、決勝第1レグ(701)は松本の先攻となる。が、第1Rで54Pしか削れなかった松本に対し、今野は第1、2R連続でハットトリック。その貯金を守って第1レグをブレイクした。第2、第3レグは互いに先攻のクリケットをキープ。そして、広島の決勝は第4レグ(701)を迎える。先攻の今野がキープすれば、実に1年3カ月ぶりの優勝が決まる。

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2014 PERFECT【第9戦 広島】
決勝戦 第4レグ「701」

今野 明穂(先攻)   松本 恵(後攻)
1st 2nd 3rd to go   1st 2nd 3rd to go
16 19 B 616 1R B B 4 597
B B B 466 2R 7 B B 490
B B 15 351 3R B B B 340
1 B B 250 4R B B 1 239
14 3 19 214 5R B B 17 122
B B B 64 6R B 17 5 50
14 B 0
WIN
7R
B=ブル

先攻の今野は第1Rでブルを2本外したが、第2Rはハットトリック。2Rを終え、残り今野466対松本490と、序盤は拮抗してスタートした。

第3R。ロートンの今野に対し、松本がハットトリックを打ち返し、僅差ながらポイントで逆転。が、先攻有利は変わらない。

第4R。TO GO 351の今野は、第5Rに上がり目を残すため、TON80にトライ。が、1投目がシングル1となり、2、3投目はブルでロートン。松本は2本をブルに収めTO GO 240となった3本目に、やはり次に上がり目を残すため、トリプル20にトライ。が、これもシングル1となった。均衡は続く。

第5Rにゲームは動く。優勝へのプレッシャーからか、今野が突如乱れ、3本連続でブルを大きく外す。残り214で上がり目さえ残せない。巡ってきたチャンスで、松本は堅実にブルを2本入れ、残り122。後攻の不利を逆転した。

第6R。今野は意地のハットトリックで、松本にプレッシャーをかける。逆転優勝に望みを繋ぐワンチャンスを得た松本の1投目はブル。そして、ブルでのアレンジを狙った2投目のチップは、ターゲットの僅か2ビット下のシングル17ゾーンに吸い込まれた。戦況は再び逆転した。

そして、第7R。残り64の今野は、シングル14のアレンジをゾーンの真ん中に、そして優勝ショットはインブルに突き刺し、にっこりとほほ笑んだ。

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優勝の瞬間、今野は頬を緩め、目尻を下げた。松本が差し出した右手を両手で握り、深々と頭を下げた。大きな表現ではなかったが、喜びがしみじみと滲み出ていた。檀上での優勝インタビューには「これから、ランキング上位にいけるように、頑張ります」と答えた。

今野復活――の時だった。

意地

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広島での優勝を機に、今野は徐々に調子を取り戻していく。第11戦新潟で5位タイ、第12戦岡山は3位タイで連続入賞の後、第13戦札幌でシーズン2勝目をあげ、第16戦の熊本では準優勝。広島で公約した通り、ランキングを上げていった。

続く第17戦の石川では決勝トーナメント初戦の2回戦で大城に惜敗したが、最終戦で、再び大城と激突し、ドラマティック・パーフェクトを演出することになる。

最終戦を前に、女王レーストップの大城は総合ポイント690、2位の松本恵は678。新旧女王は、僅か22ポイント差で、シーズン最後の大会を迎える。

決勝トーナメントは、ベスト8に松本、大城、今野が顔を揃える。ここで、今野が大城にリベンジを果たし、大城は敗退。松本恵は準決勝に駒を進め、その瞬間、年間女王奪還が決まった。松本恵は準決勝で敗れ、終わってみれば、大城とのポイント差は僅かに1ポイント。最終戦で今野に勝っていれば、大城の連覇だった。

今野は、最終戦で準優勝。年間女王争いには食い込めなかったが、女王争いを左右する大一番を制したのは、1年間、どん底に喘いだ今野が最終戦で見せた、意地だった。

試行錯誤

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勝てなかった1年間の間、「もうやめたい」「一生優勝できないんじゃないかな」と、思うほど苦しみながら、今野は試行錯誤を続けていた。ダーツの飛ばし方、腕の振り、スローラインの立ち位置…。フォームだけではない。それまであまり関心がなかったフライトに拘り、投げ方によってフライトを替えるようになった。戦術も変えた。強気一辺倒の「格好いいダーツ」を棄てた。クリケットでは、調子のよかった頃なら、カットに行っていた場面で、加点することが増えた。プライドを捨て、勝ちに行くことを学んだ。

「去年の勝てない時期があって良かったと思っています」。
 苦しかった1年を振り返って、今野は言う。
 初めて味わった苦しみが、自分を成長させた。ダーツも変わった。ダーツと向き合う姿勢も変わった。何より、精神的に成長することができた。ダーツを仕事にする覚悟ができ、へこたれなくなった。

苦しみを知らなかった頃の今野は、負けるのがただ悔しかった。勝つことは、悔しい思いをしないですむことに過ぎなかった。が、今は違う。勝ったときに、幸せを感じるようになった。そして、「優勝の喜びを感じるように」なった。

ダーツの出身地は沖縄です

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今野が理想とするダーツは、ミスをしないダーツだ。そして、格好がいい、ダーツ。相手の9マークを、9マークで返せたら、幸せと思う。やはり、男前だ。

では、今野にとってダーツとは何か。問うと、 しばらく考えて、今野は言った。
「やっぱり、出会いですかね。出会いがなかったら、私はダーツを続けてなかったと思います。沖縄に来て、いろんな人に助けていただいて、応援していただいて、それがなかったら、今の私はいません」。

内地に戻った時も同じ。出会いに恵まれて、今の今野はある。そして、今野は言う。「育ったのは横浜だけど、ダーツの出身地は沖縄です」

2015年シーズン中盤を終え、女王レースは大城が頭一つ抜け出した。PERFECTの看板カードとなった今野・大城の直接対決は、10戦を終え、今野の2勝4敗。その差が、そのまま女王レースの得点差となっている。

序盤リードしながら、中盤で追い抜かれたところまでは、2013年シーズンと同じ。が、成長を遂げた今野は、ここから違った姿を見せてくれるはずだ。
「追われるより、追う方が得意ですから、これから、追っかけていきます。去年1年間、苦しい思いをして、逆転で初めての年間女王になれたら、私がドラマティック・パーフェクトの主役ですね」

そう言って笑顔を見せた今野は、逆転で初の年間女王に輝く自分の姿をイメージして、終盤戦に臨んでいる。

今野が捲る。

(終わり)

次回予告
次回からは、2014年シーズン年間王者の知野真澄選手を連載します。ご期待ください


次回は4月13日更新予定
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○ライター紹介

岩本 宣明(いわもと のあ)

1961年、キリスト教伝道師の家に生まれる。

京都大学文学部哲学科卒業宗教学専攻。舞台照明家、毎日新聞社会部記者を経て、1993年からフリー。戯曲『新聞記者』(『新聞のつくり方』と改題し社会評論社より出版)で菊池寛ドラマ賞受賞(文藝春秋主催)。

著書に『新宿リトルバンコク』(旬報社)、『ひょっこり クック諸島』(NTT出版)などがある。